いつか出そうと考えている小説・分権戦争(仮題)の勢力設定です。
ちょくちょく暇を見て本編を書いています。 九つに分割された国土。 統一の果てに見るものはー -Story- 西暦2016年。 高度に発達した文明は、ついに自らの首を絞めるに至った。「大災厄」の発生である。 事の端緒は、欧州における事故であった。人類の手にした物質変換技術、高分子加速器の暴走。 それにより発生したマイクロブラックホールはヨーロッパ・アフリカ両大陸を完膚なきまでに破壊し、母なる星の軌道すら変えた。 同時に発生した各地での炉心融解。アジア・大洋州は死の灰に閉ざされた。 人の手に残された唯一の国土、かつて日本と呼ばれた列島。 いまでは、この島々こそが世界。災厄を逃れた人々はここに集った。 多数の日本人と少数の外国人。持てる者と持たざる者。 それぞれの利益が絡まりあい、対立し、国土は分割され、いくつかの共同体が生まれた。極限状態のなかで、各勢力はその伸張を競い、互いをすり潰す。 種は、軋みをあげて、自壊へ歩んでいた。物語は災厄後、新暦22年にはじまるー。 -勢力設定- 崩壊した東京 大災厄によるマイクロ・ブラックホールの発生、それにともなう偶発的核戦争は列島以外のほぼ全世界の壊滅をもたらした。 しかし、列島もまた無傷ではなかった。その中でも最大の被害を受けたのが、旧日本国の首都「東京」である。 迎撃により直撃こそ避け得たものの、上空における七度におよぶ核爆発は東京の都市機能を完全に破壊し、史上最大の人口を誇った4000万都市圏は、その中枢を失った。 23区を中心とした都心部は残存放射能により、人間の生存には適さなくなり、荒涼とした廃墟群が広がっている。 メガロポリス東京の消失により、列島のパワーバランスは完全に崩れ、それぞれの地方における自治が拡大、日本国解体の近因となった。 瀬戸内沿海条約機構(S.E.T.O) 新暦17年成立。それまでの中国・四国地方勢力を糾合して誕生した。通称S.E.T.O、Seto internal and External Treaty Organization。 広島共和国(広島)、瀬戸内共同体(岡山、香川)、関門海峡受益組合(山口、福岡東部)、徳島、愛媛、大分の諸勢力が加入している。 小豆島以西の瀬戸内海を支配し、呉、水島、小倉の三水軍府、岡山、広島、讃岐、北九州、大内の五陸軍府を有している。 機構の中枢機能は倉敷大本営が担っており、機構中央議会、代表政務院、機構中央軍事委員会が鷲羽山に置かれている。 機構中央司法院は広島本営にある。 政体は国家連合でありながら、比較的中央集権的であるが、行政、軍部の二つの官僚機構により政策が主導される点に特色がある。 その中でも中央議会の運営を所掌する条約局は、双方の官僚によって構成される特異な官庁であり、S.E.T.O官僚制の中心となっている。 S.E.T.Oは九列強のうちでも列島の二割強を勢力圏とする最大級の国家であり、西国の覇者といっても過言ではない。 成立以来、近隣諸国への干渉は殆ど行わず、それぞれの勢力に独立保障をあたえることで緩やかな勢力圏に取り込んでいる。 LK.2(第二次九州連盟) 九州北部・中部の連邦制国家。 福岡西部、佐賀、対馬、長崎、熊本が加盟。 元来、九州地方は各県による独立自尊の気風が強く、それぞれに独立、一部の県では地域ごとの小勢力乱立の状態にあった。 これにより九州各勢力は合従連衡を繰り返し、全体としての疲弊に陥ったが、この紛争状態への反省から生まれたのがLeague of Kyushu.1(第一次九州連盟)である。 LK.1は各勢力相互の平和条約調印、連盟首都の年次移転、紛争地域への理事会委任統治によって新暦10年から16年まで九州の平和を維持したが、延岡の帰属問題を巡って福岡、鹿児島の対立が表面化、鹿児島の連盟脱退により南北対立が生じた。 南九州は沖縄を懐柔、豊富な陸上戦力をもって北九州を一敗地に追いやり、LK.1は解体された。 その後、中立勢力であった大分、福岡東部(小倉)のS.E.T.O加入を経て、再び北九州各地域が集ってできた勢力がLK.2である。 LK.2はLK.1の分権的な性質を改め、福岡を首都した中央集権的な性質を持つようになった。諫早、佐世保、熊本、佐賀の四鎮守府を有する。 西南同盟諸国 国家連合LK.1が延岡帰属問題で機能不全となっていくなかで、新暦14年、秘密裏に結成された南九州同盟準備会が西南同盟諸国の前身である。 新暦15年末、南九州勢力は宮崎へ電撃侵攻、その全土を支配下におくと、連盟を脱退した上で、翌新暦16年春、北九州勢力と阿蘇山麓で大規模な会戦を展開した。 沖縄からの軍事支援を受けた南九州は北九州に完勝。一時は熊本を制圧するが、諫早湾の制海権を奪われた事などから撤退、鹿児島、宮崎、沖縄、そして高知を加えた西南同盟諸国を形成する。構成各邦の自治を優先した地方分権的国家連合である。 勢力名に「諸国」とあるように、政体は分権的であり、同盟首都が年次交代であるなど、LK.1の伝統を強く引き継いでいる。 そのため、「正統なる九州連盟(G.LK)」と呼称されることもある。鎮守府指定都市などはないが、その実力はLK.2基準での四鎮守都市相当と考えられる。 なお、近畿の紀伊諸邦とも連携し、「南海道会議」を主催、串本岬以西の太平洋について勢力を及ぼしている。一方、北九州勢力の後身であるLK.2とは険悪な関係にある。 北陸会議 日本海岸の諸勢力による連帯組織。 その勢力圏は島根・益子から富山・朝日まで、実に総延長700kmにも及ぶ。 会議の歴史は古く、新暦3年に日本海岸の交易互助のために結成された。東京の崩壊により、それまでの太平洋岸の交易主体から、日本海岸の交易へと力点が移って来たことに伴い、日本海岸では小規模な紛争が絶えなくなったが、会議は当初、これらの紛争を仲裁する裁判所としての機能を期待されていた。 会議はこの機能を十二分に果たし、北陸から山陰に至る巨大交易圏を有機的に連結せしめたが、一方、太平洋岸では大勢力による対立が激化し、太平洋岸勢力の野心が日本海岸に及ぶことは避け得ぬ情勢にあった。 そこで新暦8年、会議の権能について、従来から有った調停・仲裁機能に加え、相互安全保障機能を営ませる制度改正案が構成各勢力で可決・承認。会議は大幅な組織刷新を行うことになる。 新・北陸会議は調停理事会、安全保障理事会、立案理事会の三理事会を意思決定機関として持ち、最終認証をおこなう総会を元首たる最上位機関に位置づけている。 勢力中央部にある舞鶴軍港を基幹とした強力な海上打撃力と山陰、若狭、北陸の三つの陸上軍区画制により、太平洋岸諸勢力の介入を抑止している。 北越雪譜 北関東諸勢力と越後諸邦が統一されて誕生した単一国家勢力。 新潟、長野北部、群馬、栃木、埼玉、茨城を勢力下に置く。 関東地方は中枢都市・東京を失い、各都市がそれぞれの生存圏確保を巡って骨肉をはむ未曽有の混乱状況に陥ったが、この状況を収拾したのは関東の勢力ではなく、意外にも越後諸邦だった。 越後は勢力分立の状況からいち早く脱却、「統一越後」を形成し、関東へ介入したのである。 もとより、越後に対して人口の点での優位はさして無い北関東諸邦に、これに抗するすべはなかった。ものの数年で越後は関東諸勢力を組み入れ、越後勢力圏は日本海と太平洋をつなぐことに成功する。 更には善光寺平以北の長野をも統合し、面積、人口双方の点で、列島の一大勢力となったのである。これが新暦15年のことである。 越後の統一は新暦9年の事であるから、たった6年で北関東一円が征された訳であるが、これは大災厄当時の上越市長、のちの「統一越後」総理(新暦11年~15年)、現・北越雪譜の総裁である人物の手によるところが大きい。 近畿共和国 近畿地方は古来より諸都市が割拠し、関東圏の如き一点集中型のメガロポリスを形成することは無かった。 諸都市はそれぞれの地位において独立した繁栄を享受していたが、その裏返しとして分権の時代を迎えると必然的に都市間紛争の発生危険性が高まった。 現に新暦2年には、兵庫三勢力の紛争への介入をきっかけとした京神戦争がおこり天王山で会戦が行われた。 この戦いでは阪神連合が勝利し、京都と諸同盟都市の敗北に終わるが、その結果、京洛同盟都市を形づくっていた日本海沿岸の諸勢力が近畿中央の三都と距離をおく様になり、新暦8年における若狭・丹後、兵庫北部の北陸会議参入を招くことになる。 その後も三都や堺、和歌山を軸とした勢力争いが続いたが、西に瀬戸内の諸勢力が、東に東海の諸勢力が徐々に統合しつつその力を台頭させるようになると、さしもの近畿諸勢力にも統一の機運が生まれた。 その結果、誕生したのが近畿共和国である。共和国はそれまでの争いの反省から三都を首都とせず、大阪湾上に新都を建設、「恭仁」と名付けた。この恭仁竣工をもって共和国設立とされる。新暦21年の事である。 恭仁は政府の機能が集約された首都でありながらかつ、大阪湾上にあって瀬戸内海、太平洋の双方に睨みを効かす目的をも有した要塞都市であった。 海上にあって恭仁が、陸上にあって不破、福原、賤ヶ岳の各要塞が畿内へ侵攻するものを阻み、これにより近畿二府四県の平穏を保ち、長きに渡った内戦の傷跡を癒す。これが近畿共和国の基本戦略となっている。 沿太平洋中枢(P.A.X) 新暦22年成立。九つの列強のうち最も新しい勢力である。 東京の崩壊後、関東圏は南関東と北関東の交通連絡の要を失い、都市連結によって保たれていたメガロポリスとしての機能を喪失、ヘゲモンとしての地位から転落した。 その後、南関東のうち、神奈川・静岡東部は協商組織として新暦9年、相伊駿会盟を結成。山梨の連立制甲州(新暦3年)、茨城南部・千葉の三総共和国(新暦10年)、多摩の諸勢力等の周辺組織と時に争いつつも、基本的には平和を保っていた。 一方、中部圏では、その基幹工業力を背景に中枢都市・名古屋による主導権が早期に確立。新暦12年には、愛知・静岡西部・岐阜南部、長野南部、三重北部一円を支配するに至りGreater Nagoya Initiative(大名古屋による主導圏)を成立させた。 GNIは設立当初、武力による列島統一を指向し、近江方面、長野北部及び静岡西部への三方面同時侵攻を企図するが、それぞれ不破要塞攻防戦、姥捨て峠の戦い、箱根山戦争で敗れ、もしくは戦線停滞・撤退を余儀なくされ、以後、領域の内政に専念することになる。 戦争に負ければ体制が緩みそうなものであるが、東海圏では名古屋に代替しうる都市が存しないこと、もとより農業生産力が高く域内での自給自足が可能なことから、GNIはむしろその力を強化した。 新暦20年、関東不和とよばれる大騒乱が南関東圏で発生すると、GNIは相伊駿会盟と同盟、瞬く間に甲州、多摩を制圧し、南関東統一の一助をなした。 更にそれと同時に箱根山要塞線へ武力進駐、南関東統一政府に圧力をかけ続け、「対等合併」という条件付ではあるが、東海圏と南関東圏の統合を果たした。なお合併要件として「首都を名古屋に置かないこと」があった為、首都は静岡(復称して駿府)となり、組織名称もPacific Alliance and aXis(P.A.X)と改称された。 北部列島同盟 東北地方のほぼ全域を支配する勢力。 新暦19年に地域統一を果たした。大災厄により首都・東京が壊滅すると、旧日本国は緊急措置により残った皇室及び政府機能を仙台へ移転、新都とした。 しかし、中央政府の力に昔日の面影はなく、新暦5年には正式に、日本国が解体される。 だが、時の天皇・後宣化帝はこれを肯んじず、東北諸勢力へ激を飛ばし、これを糾合、太平洋岸の南東北を統一した後、出羽地域、さらに北東北をも取り込み、首都を仙台から岩手・平泉へと遷都、立憲帝政国家・北部列島同盟を成立させる。これが新暦18年のことである。 同年末、帝は崩御し、男子がなかった為、長女・顕宮(あきのみや)が即位した。 今上帝(顕宮)は女性であるが、奥羽統一戦時において父の陣代となり自ら陣頭に立って指揮をとっており、幾度もの会戦を勝利に導いた。彼女はその業績から東武皇帝とも称される。 同盟の政体としては立憲君主制をとり、東北各勢力の代表からなる議会、そこから選出される内閣が帝を輔弼している。勢力として取り立てて他に優越した点はないが、天皇制の正統を受け継いだ勢力であることから、これを支持する向きは東北のみならず、皇党派として列島全域に渡って存在する。 正式の国号は「日本」。単に「帝国」とも称される。 共和制北海道 北海道をその勢力範囲とする。 大災厄での損害、その後の列島における混乱。その何れも避け得たのが北海道であった。 もともと自給力が高く、工業力にもそこまで不足せず、自治の気風を持つこの島では、日本政府の崩壊後まもなく、北海共和国準備委員会が結成され、新暦5年末には札幌を首都、各支庁所在都市を副都(首位副都として函館)とした独立勢力に移行、大統領を元首とする共和制に生まれ変わった。 国是は「相互不干渉・不介入」である。その趣旨は内地への介入を厳に自制し、かつ渡島半島以北への干渉に対しては、それがいかなるものであろうと敵対行為とみなすというモンロー主義的政策にあった。 対岸の津軽・下北半島諸勢力とは、交易上の関係もあり、基本的に友好関係を結ぶことが多いが、新暦13年には青森諸勢力による石狩湾侵入への報復として津軽半島・今別以北を占拠した。 その後北部列島同盟の成立に伴い、占領した津軽半島領を返還し、同盟と相互不可侵条約を取り交わし、友好関係を維持している。 分権戦争の注意書き 大災厄の発生以降、空には電子雲が発生し、高度1500m以上の飛行が不可能な状況にある。 そのため、これに類すべき高度の土地も電子機器が動かないなどの事情から、ほとんど人が住んでおらず、人類は狭い大地に押し込められた格好である。 従って、宇宙はもちろん、殆どの航空機・ミサイルが使用不可能となり、また多くの電子機器の使用が困難である。主な打撃戦力は陸軍力、海軍力となる。 列島における各勢力は限られた資源を用いて、これらの技術開発に熱を上げている。 上記九勢力の他にも、多くの小規模勢力が存在する。代表的な例としては、旧東京の島嶼11島連合、P.A.X・近畿共和国・北陸会議の三勢力に囲まれた旧滋賀北部の北辺国、会津盆地に勢力をもつ会津共和国などが有る。
by katukiemusubu
| 2012-05-06 18:03
| 書肆鰻
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