劇場版ラブライブを観る、感想

公開からはや40日。
ようやく映画「ラブライブ!The School Idol Movie」を観ることが出来ました。

げに恐ろしきは特典争奪戦。
都心部の劇場は満席が続き、席をとるのも一苦労です。
以下、感想レポート(ネタバレ全開)。




スクールアイドルμ's(ミューズ)の終焉を描く102分。
ところどころシーンのつなぎ方が雑で、没入が妨げられますが、
ミュージカル・レビューと考えればそれほど酷いものではありません。

平成25年(2013年)のアニメ第一期放送以来、記録的な快進撃を続けてきたラブライブ。
本映画はその画期を為すものと評価できましょう。

スクールアイドルとは、学校に所属する(ある種の)部活。
部活であり学校に所属する以上、卒業(終わり)は不可避なものです。
その明白な終わりにどう向き合うのか、ミューズのメンバーそれぞれの視点から描かれていたことが印象的でした。

結局、彼女らは三年生(絢瀬絵里・東條希・矢澤にこ)の卒業をもってスクールアイドルユニットの解散を決意します。
それはミューズの結成趣意、国立音ノ木坂学院の廃校を阻止すること、からすれば論理的必然というべきもので、
目的が達成された以上、それ以上の名誉や利益を求めず、ユニットを解散するという姿勢にアマチュアリズムの気高さを見ることが出来ます。

一方、同じ悩みに直面し、真逆の決断をくだすスクールアイドルもいます。
他ならぬミューズ最大のライバルにして初代ラブライブ!優勝校、UTX学院のA-RISE(アライズ)です。
劇中の言動によれば、彼女ら3人(綺羅ツバサ・統堂英玲奈・優木あんじゅ)は三年生。
既に卒業を控えているのですが、彼女らはスクールアイドルの殻を脱ぎ捨て、アイドルとなるべく動き始めます。
観衆の期待に応え、それでいながら自らの道をも切り開こうとするその姿勢。そこにプロフェッショナルの凄みを感じることが出来ます。

劇場版は、このアマチュアリズムとプロフェッショナリズムの二つを対置させていますが、
どちらが偉いといった甲乙をつけることはなく、両方あって互いに良いという中立的な立場を堅持しています。
そのため、バイアスなく二つの立場がコントラストを描き、後半の脚本に優れた緊張感を与えていました。

思えば、それぞれの初出曲において、
ミューズ(START:DASH!!)は「諦めちゃダメなんだ その日が絶対来る」と明確な目標に向かって進む歌詞を口ずさんでいたのに対し、
アライズ(Private Wars)は「聖なる少女は趣味じゃない 人生勝負を投げたら撤退でしょう?」と弛まぬ自己実現を追い求める歌詞を口ずさんでいました。

自分たちはスクールアイドル(≒学生・生徒)であるのか、アイドル(≒職業人)であるのか。
本分はどちらなのか。
あくまでアマチュアであることに拘り、スクールアイドルで在り切ろうとするμ's。
どこまでもプロフェッショナルを目指し、アイドルで在り続けようとするA-RISE。
立場が異なる両者が、それでも互いを尊敬し合い、協力し一つのライブを作り上げていく最終盤。
対立を超える互譲をみる思いで、感動的なシークエンスでありました。

ところで本映画前半の舞台は、アメリカ合衆国のニューヨークです。
ミューズの宿泊先(外観・ロビー)が、プラザ合意で有名なザ・プラザ・ホテルであったり、
タイムズスクエアでライブをしたり、グランドセントラル駅(東京駅の姉妹駅)でのシーンがあったりと、紐育名所図会としても見ごたえがありました。
この前半部の描写で印象的であったのは、一年生の成長です。

一年生の三人(星空凛・小泉花陽・西木野真姫)はそれぞれ光る個性を持ちつつも、荒削りな部分もあり、
全員対等をモットーとするミューズとはいえ、上級生に比べれば集団を主導することが少なめでした。
しかし異国の地において、彼女たちはそれぞれにリーダーシップを発揮し、集団を導いていきます。
物語の開始から10ヶ月、主人公のみならず周りの人間も成長しているのです。

弱小校がゼロから這い上がり、そしてライバルたちと伍して行く、という正統派スポ根スタイルを踏襲しているラブライブ!。
とはいえ完全無欠のエースなどおらず、それぞれが長所短所を持ちながら進んでいくというあたり、ちばあきお著「キャプテン」を思わせるものがあります。
キャプテンでも後輩勢の成長が顕著でしたが、ラブライブも同様です。

成長というか責任というか、本映画においては「矢澤にこ」の存在感も際立つものがあります。
ミューズの活動母体であるアイドル研究部の創部者であった「にこ」。
普段は脳天気な風情ですが、最終ライブの打ち合わせやアイドル活動継続の可否において見せた、周囲への目配りや率先した言動。
やはり部長ならではの風格がありました。

メンバー9人が9人であってこそのμ's。
発起人である二年生の三人(高坂穂乃果・園田海未・南ことり)は本作品でも出番が多いものですが、これに関しては一人の登場人物に触れねば為りますまい。
そう、ニューヨークと東京(秋葉原万世橋)、二つの場所で穂乃果の行き先に現れた女性シンガーのことです。

海未・ことりの二人も含め、穂乃果以外に視認できた者はおらず、正体不明の登場人物・女性シンガー。
穂乃果と同じ色をした目の虹彩や、髪の色、年齢相応の落ち着きを備えつつも元気と確信に満ちた語り口。
これらの諸条件を総合すると彼女は未来の高坂穂乃果その人ではないか、と思われます。

ただし声優は新田恵海(高坂穂乃果役)ではなく、高山みなみ。異なります。
しかしながら舞台挨拶(会場:なんばパークス)において、女性シンガーの演技は新田恵海が一度演じた上で、これを高山みなみが再演するという形で収録されているという話が出ており、
この点を勘案すれば、女性シンガーとはやはり未来の高坂穂乃果なのでしょう。

とはいえ他人が認識できていないことからいって、未来人が現れたという様なファンタジー設定は考えにくいところです。
どちらかといえば、女性シンガーとは高坂穂乃果の心象風景上の存在、未来への希望ともいうべき存在なのでは無いでしょうか。
スクールアイドルで有り切った、その先にだって歌う未来は待っている。
それを指し示す羅針盤。

映画の、そしてスクールアイドルμ’sの最後を飾る曲となった「僕たちはひとつの光」。
当曲は歌詞に「旅立ちの日」という一節が繰り返されている様に、ミューズ解散の曲です。
しかし彼女たちは「いまが最高!」と歌い返します。

アマチュアリズムを貫き、目標を達成し、スクールアイドルの一時代を築いて去っていかんとするμ’s。
「産毛の小鳥たちも いつか空に羽ばたく」(Start:Dash!!)ことを願った彼女達は。
「元気の温度は下がらない 熱いままで羽ばたいて」(僕らのLIVE 君とのLIFE)行き、
そして「ついに大きくなって 旅立ちの日」(僕たちはひとつの光)を迎えたのです。
オープンエンドというべきでしょう、彼女らのその先は語られません。
翼をたたんだその先へ。後のことは観客の想像に委ねられています。

静かに流れるエンドロールを観ながら。
「飛べるよ。いつだって飛べる!あの頃の様に!」
女性シンガーの科白が静かにリフレインする、余韻のある映画でした。

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by katukiemusubu | 2015-07-23 00:09 | ブックレビュー・映画評 | Comments(0)
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