8月27日に突如として発表され、ヘッドホンオーディオ界隈の話題をさらった
ソニー初のポータブルヘッドホンアンプ、PHA-1。 銀座ソニービルでの試聴が可能になっておりましたので、早速聴いて参りました。 8月29日からは大阪・名古屋のソニーショールームでも展示・試聴が始まっております。 ※10月3日追記:SONY新型ヘッドホン MDR-1R MDR-1RBT MDR-1RNC 先行展示レビューを別ページにアップしました。 ここ数年、勢いにのる印象のあるヘッドホン・イヤホン市場ですが、本体であるヘッドホン・イヤホンの他に、 ここ最近、注目が集まっているコンポーネントがDAコンバーターとヘッドホンアンプです。 現在の音楽は、「0」「1」、ゼロとイチの組み合わせであるデジタルデータとして収録・販売されていますが、 デジタルデータそのままでは人間の聴覚に届くものではなく、これを聴くためには、 デジタルデータをアナログデータに、つまり連続的な電気信号に変換してやる必要がありました。 そこで登場するのがDAコンバーター、すなわちデジタルをアナログにコンバート(変換)する機械です。 このDAコンバーターの変換により、パソコンやiPodに収録された音楽データ(デジタル)は、はじめて人の耳が知覚できるもの(アナログ)になります。 そのため、DAコンバーターの変換精度によって知覚される音質も大きく異なることになり、高音質な音楽再生を目指す人々の注視を集めていました。 ただ、DAコンバーター(以下、DAC)により変換されたといっても、 これはデジタルデータをアナログに置き換えただけですから、信号としてはまったく微弱なものです。 要は、音量が大変小さい状態にあります。 そこで登場するのが、アンプリファイア(増幅器)です。 アンプリファイアはDACにより生成されたアナログデータを増幅し、人の耳に届くに足りるところまで音を大きくする役割を果たします。 増幅のためには、電気信号(アナログデータ)に巨大な電気エネルギーをかけなくてはなりません。 しかし布を引っ張って圧力をかけたのと同じく、巨大なエネルギーは電気信号を不可避的に歪ませてしまいます。 単に大きくするだけでは、音は悪くなる一方です。 そこで出来るだけ歪みなく電気信号を大きくする試みが成されて来ました。 世の中には1000万円を超えるアンプなんてものも有りますが、それもその試行錯誤の結果です。 こうしたアンプリファイアのうち、ヘッドホン・イヤホン専用のアンプリファイアのことをヘッドホンアンプと言います。 これまた高音質再生を目指す人々のチェックポイントとなっておりました。 iPodやWalkmanなど、いわゆるDAP(デジタルオーディオプレーヤー)と呼ばれる機械は、 このデジタルデータの保存、その変換を行うDAコンバーター、そしてそれを増幅させるヘッドホンアンプの3つ、この全ての機能を搭載しています。 しかし、iPodの様な小さな筐体にこれだけの機能を満載しようとすると、価格上の制約もあり、それぞれの精度や品質がおざなりになることがありました。 ありていに言えば、プレーヤーの音質はあまり良いものとは言え無かったのです。 iPodなどに直挿しして高級ヘッドホンを駆動してみても、大して良い音が出ないのはその為です。 そこで音楽の高音質再生を目指す人々の間では、新たに外付けのDACやヘッドホンアンプを買い増し、プレーヤーにこれを接続して運用することで、更なる音質向上を求める事が流行っていました。 こうしますとプレーヤーはデータの読み取りに専念すればよく、DACは変換に、アンプは増幅に専念すれば良いようになります。 分業させることで、それぞれの過程を丁寧になすことが出来る様になります。またコスト上の制約をクリアすることも可能になります。 当然、変換される電気信号の正確性は増し、増幅においても歪みが少なくなります。高音質再生が可能になるのです。 また増幅方式の違いによって、音の個性が変わって来ますので、自分好みの音を追求することも可能です。 時折、電車内などでiPodやiPhoneに加えてもう一つ箱を接続し、音楽を楽しんでいる人を見掛けるかと思いますが、 その箱が外付けのDACであったり、ヘッドホンアンプであったりします。 とはいえ、外付けのDACやアンプはヘッドホン・イヤホン界全体で見てもマイナーなもの。 殆どのユーザーはプレーヤーに直挿しで、外付けの機器を使う人は少数派です。 その為か、基本的な製造者はガレージメーカーや海外の会社にとどまり、国内の有名会社が参入することは殆ど有りませんでした。 ポータブルでは、わずかにフォスター電機のHPーP1があるくらいのもの。 私自身、大規模メーカーの参入など、万が一にも有り得まいと思っていました。 そこに来ての8月27日、ソニーのポータブルヘッドホンアンプPHA-1の発表。 しかもPHA-1はDAコンバーターの機能まで備えています。 まさか、年商7兆円を超える世界的な大企業がこの市場に参入するなど想定すらしておらず、まずもって青天の霹靂でした。 当日、発表と同時に公開された開発者インタビューを見ていると、ソニーは本気の様子。 これは一端聴いて見るに如くは無しと思い立ち、8月28日に銀座のソニーショールームへ試聴に行って来ました。 午前11時半ごろ、銀座ソニービル到着。 2階の視聴フロアに行ってみると、既に2人の先客があり、PHA-1の試聴列を形成していました。 後尾に並び順番を待ちます。 都合15分ほどで、試聴をすることが出来ました。 試したのはCDウォークマンのフラッグシップモデル、D-E01によるライン(アナログ)入力からのヘッドホンアンプ機能の音質チェックと、 iPad(アップルロスレス)を通したデジタル接続による、DAコンバーター機能+ヘッドホンアンプ機能の音質チェックの二つ。 音源として用いたのは大河ドラマ「琉球の風」サウンドトラック(作曲:長生淳)です。 NHKの大河ドラマは劇伴に器楽曲を多用する傾向があり、「琉球の風」も弦楽四重奏をベースに木管・金管・ピアノが掛け合わされた端正なトラックになっています。 特に琉球王国のテーマ曲であった1曲目「海の王国」はフルート等管楽器群が主旋律を担当し、コントラバス等の弦楽器群が副旋律を担当しているため、 高音域から低音域まで、用いられる周波数帯域が広く、曲想も勿論のこと、音質チェックにも好適なトラックです。 まずはD-E01からのアナログ接続で試聴。 一聴して解像感の高さが感じられます。 解像感とはすなわち、どれだけ細かい音まで落とさずに聴こえるかということですが、 PHA-1は管楽器への息の吹き込み、ブレス感をよく再現しており、 特に演奏者があえて音に振幅を与える奏法、ビブラートをとった時の再現性は非常に生々しく、質感が有り、いたく感興をそそられました。 音量の増幅の程度にも余裕があり、インピーダンスが高く、鳴らしにくいことで知られるEtymotic Research社のイヤフォンER-4Sをもってしても、ゲイン(出力レベル)をハイに入れておけば、ボリューム12時程度で十分に音量が取れていました。 PHA-1の動作電圧は通常より高く、5Vでの動作とのことですが、電圧の高さは、音そのものをエネルギッシュにする他、SN比の高さ、すなわちノイズの少なさにも直結します。 ER-4Sとは反対に、インピーダンスが低くノイズを拾いやすいFinal Audio Design社のイヤフォンPiano Forte Ⅸを用いての再生時にも、殆どノイズは感じられず、PHA-1の汎用性の高さを感じさせられました。 音の傾向は少し低音寄り。 しかし、低音ばかりが強調されるというよりは低音を基調に、しっかりと中音域が出力され、高音域も伸びる傾向で、むしろピラミッド・バランスとでも言うべきでしょうか。 ER-4Sといった耳栓型のBA型イヤフォンは低音の再生が苦手で、どうにも音楽の迫力にかけるきらいがありましたが、 PHA-1を通して聴いてみると、ダイナミック型顔負けの低域再生がなされ、定評のある中高域再生と相俟って、大変快適なリスニングが出来ました。 サイズは67mm×26mm×130mmと厚みを除けばiPhoneより少し大きい程度。接続用のシリコンベルトも用意されており、手軽に持ち歩けそうに思われます。 PHA-1の右にあるヘッドホンアンプは現在あるポータブルヘッドホンアンプの中でもかなり大きい部類に入るWAGNUS.&ToneflakeのBialbero PROTO01(レビュー記事)。 Bialbero PROTO1のサイズは87mm×30mm×156mmですから、PHA-1のサイズ感が分かっていただけようかと思います。 Bialbero PROTO1の動作電圧はPHA-1の倍近い±9V、細密画を思わせる高解像感と広大な音場感を合わせ持っており、流石にこの機種と比べるとPHA-1の音質は劣後してしまいますが、 むしろこのサイズ感にDACとヘッドホンアンプを盛り込み、それでいて一聴して知覚出来るほどの解像感を有せしめているのですから、PHA-1はかなりの実力機であると言えます。 ヘアライン加工の施されたダークブラウンのアルミ筐体に、衝撃からの保護のために施された亜鉛ダイキャストバンパー。見た目の格好良さも結構なものです。 質実剛健、ボリュームの質感もスムースで、音響機器らしい風格が有ります。 縦置きも可能で、ケースの剛性も十分、アルミは非磁性体であるため磁場の影響を受けず、外部からのノイズの低減が期待出来そうです。 続いてiPadからデジタルで接続。 PHA-1はDAコンバーターの根幹と成るDACチップに英国ウォルフソン社のWM8740を搭載していますが、 このチップ、実は第五世代iPodに搭載されたDACチップと同じ会社の物です。 第五世代のiPodは、現行の第六世代も含め、iPod史上最も音質が良いと言われる機種ですが、 これと同様のDACチップを、敢えてか否かは分かりませんが、用いるあたり、ソニーの音質に懸ける自信が感じられます。 つまり、ソニーはアップルと同じ部品を用いながら、アップル史上最高音質を越えてみせようというのです。 これに気がついたときは、思わず笑ってしまいましたが、 ソニーの独壇場であったポータブルミュージックプレーヤー市場をアップルに奪われてから8年ばかり、なかなか素敵な意趣返しと言えましょう。 これを実現する機器設計も、また相当なもの。 まず同社の得意とする高密度実装を存分に生かした6層にも渡る基板構造でもって、 デジタルを扱うDAC部とアナログを扱うアンプ部を基板そのもののレベルで物理的に分離し、相互にノイズが低減出来るように設計が施されています。 つまりPHA-1は1台にDACとアンプの機能を詰め込んでいますが、それぞれを独立したステージで動かしている為に、 実態としては外付けDACと外付けアンプの二つを持ち歩くのと同様のノイズレス、クリアな音楽再生を期待することが出来るのです。 さらにDACについては、機器内で独自に高精度のクロック(機器動作のための信号)を生成し、外部のクロックに従うことで生ずるジッター(信号の揺らぎ、歪み)の影響から無縁な機器動作を実現しています。 DAC側における独自のクロック生成は、アメリカBenchmark社のDAC1など、プロのレコーディング・マスタリング機器には比較的よく見られる機能ですが、これが民生機で、しかも5万円を切る価格で投入されるとは、実に驚きです。 ポータブル機器におけるクロック生成機能の搭載例は、これまでアメリカCypher Labs社のAlgoRhythm Soloくらいしか無く、大変珍しい例と言えます。 デジタル接続による音質はどうか、というとアナログでも感じられた解像感の高さに加えて、音の一つ一つの分離が明確になり、クリアな印象。 おそらく独自クロックの生成が効いているのでしょう、音の歪み感はまったくと言っていいほど無く、大変見通しの良い音に仕上がっていました。 山中に湧く清水のようなクリアさで、音の一粒一粒が鮮度をもって聴こえてきます。 音場そのものはさして広くないのですが、楽器の定位がはっきりとしており、印象深く感じられました。 音の傾向は、やはりピラミッド・バランス。妙な癖もなく、安心して聞くことが出来ます。 コントラバスのずっしりと沈んだ重低音から、バイオリンの高域のビブラートまで、どの音域も過不足なく表現されており、 Piano Forte Ⅸで聴いていますと、低中域の充実はもちろんのこと、高域の伸びも十分にあるように感じられました。 カタログスペックですがPHA-1は人間の可聴領域の5倍である100kHzまでの再生が可能とのこと。 SACDやハイレゾ音源を接続して楽しむ分にも有用そうです。 PHA-1がデジタル接続に対応するのは、iPodなどのアップル社製品、及びパソコンです。それぞれ接続用にUSB端子とマイクロUSB端子(タイプB)が設けられ、アナログ接続との切り替えが可能になっています。 ショールームの方に伺うと、充電はパソコンとの接続に使うマイクロUSB端子からとのことで、満充電には4.5時間ほど要するとの事でした。 PHA-1の性能からいえば、パソコンとの据置接続でも十分に使える機器ですから、 外ではバッテリー駆動をさせてウォークマンやiPhoneと接続して利用し、家に戻ったらパソコンと接続して充電するか、或いはUSBオーディオデバイスとしてバスパワー駆動させるという使い方など良さそうです。 →8月30日訂正:充電についての記述を改めました。 ところでウォークマンとのデジタル接続は可能か、というと、これは出来ません。 これには理由がありまして、WalkmanはDACとアンプを一体化した演算チップS-Masterを搭載しているため、もともとデジタル出力が出来ないのです。 S-MasterはDAC(変換)からアンプ(増幅)までの全てを一括して処理するというソニーの独自技術でして、DAC・アンプ間の情報伝達に齟齬がなく、音質劣化が大変少ないという特徴があります。 S-masterは非常に優秀なDACであり、これをいたずらに弄ってデジタル接続するよりも、アナログ接続をするほうが音質に寄与することでしょう。 そのため、ことウォークマンについては外付DACは不要であり、高音質再生の為には、アンプのみを用いる方のが適切なのです。 という事で試聴を終了。 ちょうど試聴列が途絶えたのを良いことに、都合20分程聴かせてもらいました。 総評するに、 PHA-1はポータブルヘッドホンアンプ兼DACとして十分な機能を有しており、大変素性の良いDA変換、音の増幅を行なう機器です。 解像感も高く、音に癖もないため、ポータブルヘッドホンアンプの一つの基準点(リファレンス)として用いることが出来そうです。 iPod直挿しなど、従来の音質に飽き足らない場合、音質向上を目指す為には格好の音響機器だと思われました。
by katukiemusubu
| 2012-09-02 00:07
| Ecouteur(ヘッドホン)
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