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極上の硫黄泉 箱根の野湯へ

一大観光地、箱根山に湧く極上の硫黄泉。
それは山中奥深く、徒歩でしかたどり着けない場所にあると云う。

温泉愛好家の間で密やかに語り継がれている箱根の野湯を求め、
箱根山をさまよって参りました。

JR岩波駅から徒歩で約4時間。
遂にたどり着いたその温泉は、噂に違わぬ極上の泉質を有する野天湯でした。

探訪記を記し置きます。

※2017年4月24日追記:立入禁止
未確認情報ですが、コメント欄によると、この野湯に対して地権者による立入禁止措置がとられたとのことです。
以降の立ち入りは、不法侵入に当り、刑法130条または軽犯罪法1条32号に該当する可能性がございます。
もし実際に立入禁止措置がなされている場合には、決してご侵入なさりませんよう、ご注意ください。




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箱根に野湯がある、という事に気がついたのは、
当ブログの記事姥子温泉秀明館 探訪記のアクセスログを眺めていた時のことでした。

「箱根の秘湯」や「姥子温泉」、「箱根 噴火」といった検索キーワードに混ざって、
「箱根の野湯」というキーワードが存在したのです。

野湯(のゆ、やとう)とは、商業施設等の管理下に置かれていない温泉のことです。
いわば野生の温泉。
有名どころですと、尻焼温泉の露天風呂(群馬県)や沼尻温泉元湯(福島県)などが存在しています。

しかし、首都圏随一の観光地・箱根にそんな余地があったでしょうか。
はじめは「そんな余地はあるまい」と思って、検索もせず放置しておりました。

しかし、概ね月に5,6件のペースで「箱根の野湯」の検索があると流石に気になるものです。
そうして調べて見ると・・・本当にあるではないですか!
まさか、箱根に野湯とは。

なんでも、かつて旅館の露天風呂(の付属設備)であった浴槽に今も湯が湧き続けているという話です。
旅館の廃業後、人の管理を離れても尚、湧き続ける温泉。
ほぼ間違いなく自然湧出泉です。

箱根は一大温泉地とは言え、動力揚湯泉(ポンプアップ)や造成泉(大涌谷温泉)が多く、
自噴する温泉と言えば、姥子温泉(秀明館)や芦之湯温泉(きのくにや)、湯本3号源泉(平賀敬美術館)など、数える程しか御座いません。
そんな貴重な自噴泉が、まだ存在するという。

写真をアップされているサイトをみると、山が写っているものが複数枚あり、
これを見比べ、山座同定を行うことで場所を特定することが出来ました。

こんなシズル感あふれる温泉が存在し、しかも場所も判明している。
もう辛抱たまらなない!
居ても立ってもいられず、週末の休みを利用して、野湯探しの小旅行に出掛けることにいたしました。

場所・行き方については非公開、伏せさせていただきますが、
箱根山中・JR岩波駅(御殿場線)から徒歩で4時間ほどのところにございます。

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草むらの中に忽然と現れる源泉の遺構。

石垣に囲まれた小さな池塘から、コポコポとお湯が湧き出ています。
水面に広がる波紋が奥ゆかしい。
温度を測ってみると41度。理想的な適温源泉です。

池塘の中央にはパイプが差し込まれ、管理者を失った現在も、せっせと湯を運搬しています。
非常に保存状態が良く、人の管理を離れても尚、
訪問する愛好家の方々がきれいに使ってきたことが伺えます。
「訪れた時よりも、なお綺麗に」温泉マニアの心得です。

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湯の出口を見ますと、毎分70L(リットル)ほどございましょうか、
結構な勢いで温泉が吐出されており、付近に湯の川を形成しています。

おそらく旅館の操業当時はこのパイプが旅館の建物まで繋がり、
内風呂や露天風呂まで引湯されていたものと思われます。

実際、付近を探索すると露天風呂の跡がございました。

引湯管は二つに分かれており、写真の出口以外にもう一箇所。

両方の出口での湯の出具合と、パイプからの漏れを鑑みますに、
総湧出量は毎分100L程度あるかと思われます。

一日に約14万4000リットル。立派な沸き振りです。

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そんな温泉が掛け流されている川床は、鮮やかな黄色。
硫黄を含む湯の花がびっしりと析出しています。

温泉の水色(すいしょく)そのものは透明ですが、この析出量です。
温泉成分の濃さが伺えます。

香りとしては濃厚な硫化水素臭を持ち、
味わいは淡い酸味に爽やかな苦味。
酸性泉らしい特質です。

PHは3.1でしたので、弱酸性と酸性の境界といえましょう。

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湯川には本流の他、支流があります。
草をかき分け、支流を遡っていくと・・・。

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ありました。
お目当ての浴槽です。

正確には浴槽ではなく、温泉の調整槽だったのではないかと思われます。
と言いますのも、写真の通り、槽内には何箇所かのパイプ差し入れ口が用意されており、
これを用いて露天風呂やほかのお風呂へ温泉を分配していたものと考えられるためです。

とは言え、いまは差し入れ口の殆どが塞がっています。
現在でも稼働しているパイプは1本のみで、それが先に述べていた源泉からの投入口です。

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この写真の中央のパイプが、その投入口です。
桶の中に手をつっこみ触ってみると、勢い良く湯が流れ込んできていることが分かりました。

そしてそのお湯は木桶(浴槽)を満たし、ここから溢れて湯川の支流を形作っているのです。

他に湯の入口も出口もございませんから、無加水・無加温の源泉かけ流し。
かつての調整槽は、今や絶妙な掛け流し浴槽となっておりました。

浴槽の大きさは55cm(幅)×55cm(奥行き)×45cm(深さ)くらい。
100リットルほどのサイズに対し、毎分20リットルはあろうという勢いで湯が注ぎ込まれています。
つまりは5分で全ての湯が入れ替わってしまうほどの投入量です。

世の中には多くの温泉がございますが、
流石に湯船に対して5分で湯を総入れ替えするという凄まじい「容量:投入量」比を行う温泉というのは聞いたことがなく、
その意味で、この箱根の野湯は異次元の新鮮さを持ち得ています。

湧き立ての湯をそのままに、しかも5分ごとに全部交換。
偶然の産物とは言え、なんと贅沢なことなのでしょう。

通常の硫黄泉、特にこの野湯の様な硫化水素型の硫黄泉の場合、
その湯の色は、はじめは無色透明なものの、湯船に置かれているうちに空気に触れて性質が変化し、
酸化などを経て、白濁した濁り湯となっていきます。

秋田県・乳頭温泉郷の「鶴の湯温泉」などはその好例です。
鶴の湯温泉は白いにごり湯の混浴大露天風呂で知られていますが、
毎週月曜の掃除直後、汲み立ての状態の時に入りに行くと、実は、青く透明な湯が見られます。
これが硫黄泉(硫化水素型)の本来の色なのです。

もちろん白いにごり湯は、それはそれで熟成を感じさせ、湯当たりに円やかさも出て良いものなのですが、
青みを帯びたつややかな湯の透明感にも、また強く惹かれるものです。

しかし、透明な状態の硫化水素型の硫黄泉に出会える機会はごく僅か。
鶴の湯温泉でしたら週に一度・数時間程ですし、白骨温泉の齋藤別館でも一日に一回限りの現象です。

湯がおそろしく新鮮な状態でしか御目にかかれない、青く透明な硫黄泉。
そんな極上のレアリティが眼の前にあります。
しかも適温。源泉掛け流し。

入らないという選択肢はございません。
山中であることを良い事に、おもむろに衣類を脱ぎ、近くの岩の上にひっかけます。

吹き抜ける風。対して、私は素っ裸。
登山を趣味として十数年となりますが、自然の只中でここまで無防備な姿を晒すのは初めてかも知れません。
ワイルドライフだ・・・。

そして、かけ湯。ついで、入浴。
勢い良く浴槽から溢れ出る湯。実に景気の良い景色です。
公団住宅のユニットバスを思わせる小振りな浴槽ですが、私の体格(身長178cm)でも問題なく肩までつかることが出来ました。

長年湯に触れてきた木桶の感触が心地よし。
湯はといえば、酸度の高さを感じさせない優しい肌当たりで、すらりとした柔らかさを持っています。
包み込まれる、というよりは揉みほぐされる様な感覚。
こそばゆい様な、こころよい様な。

これは足元から滔々と流れ込んでくる、新鮮な源泉が関係しているのでしょう。
硫化水素の臭い(硫黄の臭い)が沸々と香り、一種、陶然とした心地があります。
とはいえ、この野湯のある場所は開けており、風通しも良好なため、硫化水素中毒の心配は少なそうです。

硫化水素型の硫黄泉は、硫黄と硫化水素の双方の性質により、血管拡張作用を持ちます。
血管拡張作用は高血圧症の改善などに効果を持ちますが、これが可視化される現象が肌の紅潮です。
肌の紅潮は毛細血管が拡張され、身体が暖まるために起きる現象ですが、
この野湯の血管拡張作用は尋常ではありませんでした。

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写真は野湯から出た直後の足ですが、ご注目いただきたいのは膝の部分。
浴槽のサイズ上、湯に直接触れなかった膝裏の部分だけは白っぽい肌色ですが、
ほかの部位は全て紅潮していることが見ていただけると思います。

そして白っぽかった膝裏もすぐに他の箇所から血管拡張効果が波及し、すっかり全身ポカポカとなりました。
これは別段、長湯をした訳ではなく、たった1、2分の間の話なのです。
繰り返しになりますが源泉温度は41度。特段熱いわけではありません。

それにも関わらず、100秒程度で全身を隈なく温め、それを保つ温浴効果。
あまりに圧倒的な湯の力に、しばらくのあいだ、開いた口が塞がりませんでした。
ここまで急速な変化を体にもたらすとなると、逆に不調が生じるのではないかと心配になるほどですが、
少なくとも私の場合、まったく不調は感じませんでした。

効果抜群で不調なし、極上の泉質です。

全身が暖まったことを良い事に、湯船横の高台に敷いたレジャーシートにあぐらをかき、
ぼう、と風景を眺めます。
明るい広葉樹系の森に、コポコポと湧き出る湯音、風の揺らす木々、鳥の声。
火山の懐に抱かれて、なんとも原始的な気分です。

どんなに文明が進もうとも湯は涌くし、鳥は鳴く。
自然ってすごいなあ、と取り留めのない思いを巡らしておりました。

再び浴槽に戻って今度は長湯。
血管拡張効果で体は温まってくるのですが、何しろ完全露天の風呂ですので、
半身浴してみたり、足湯だけにしてみたりと体温調整・長湯の手段はございます。
ただここまで強力な温泉の場合、湯船に浸かりながらお酒を飲むこと(雪見酒)は止めた方が良さそうです。
多分、尋常でなくお酒が回り、少量でもベロンベロンになってしまいます。

出たり入ったり、また出たり入ったり。
都合1時間ばかり湯浴みを楽しみました。

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ちなみに湯船の底には湯の花が溜まっており、かき混ぜると濁り湯も体験することが出来ます。

そして放っておけば豊富なお湯が湯の花を洗い流し、すっかり元の透明な温泉に成り代わります。

人為と自然と偶然が、絶妙な具合で混ざりあった極上の硫黄泉「箱根野湯」。
「教えたい。でも、教えたくない」、なんとも魅力的な温泉でした。


※箱根野湯への経路について
・自動車では行けないため、交通手段は徒歩となります。
・ただ、そもそも人が通らないため、野生動物が非常に出現しやすくなっております。
・私が行ったときにも体長2mはあろうという「主(ヌシ)」クラスのイノシシが10mほど先を横切り、肝を潰しました。
・最低限、熊鈴は必要かと存じます。

※箱根野湯界隈の地理について
・野湯界隈は箱根町の定める火山警戒区域(入ったら罰則がある区域)では無いものの、噴気の危険はございます。
・噴気地帯において一番に気を付けたいのは硫化水素中毒です。下手を打つと数呼吸で死に至ります。
・硫化水素臭(硫黄臭)がしたら、その場所から一旦離れ、「風通しが良いか」「(空気より重い硫化水素が溜まりやすい)谷地形ではないか」などの安全確認が必要です。
・ガスマスク(硫化水素対応品だと安いもので3,000円くらい)の携帯も一つの手です。

※もう一つの野湯について
・箱根には本記事で紹介した野湯の他、もう一つ野湯がございます。
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・ただし、この野湯の源泉温度は約70度と高く、しかも噴出口も湯船も共に谷地形の只中にあり、入浴はお勧めできません。
・写真左は2年前のもの、写真右は今年のものですが、湯船がすっかり埋まっております。使われなくなった量水器が転がるのみ。
・横穴式源泉より自噴しており、黒玉子の作製には便利かもしれません。ともあれ、装備はきっちり。
by katukiemusubu | 2016-10-23 01:46 | 登山・トレッキング・温泉
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