精液のカロリー(熱量)について、あまりに多くの俗説があるため、これを整理いたします。
あらかじめ結論を書いておくと、1回で出る精液量が3.5mlとして、そのカロリーは1kcalを若干下回る程度(0.807kcal)であると考えられます。 1mlあたり約0.231kcalです。 精液のカロリーについては、あまりに多くの俗説・風説があり、 インターネットで検索してみても、主な意見だけで、 一回の射精あたり0.2kcal〜16kcalと、実に80倍もの幅の主張が混在しています。 なぜこんなメチャクチャなことになっているのか。 それは精液のカロリーに関する記事を書いている人間が、 簡単な概算でことを済ませていたり、 あるいは概算どころか検証もせずに、 ただどこかに書いてあったことを鵜呑みにしたり、転載していることに起因しています。 一次資料によらず、伝聞その他の2次資料に頼ったり、適当なところで切り上げようという、 非科学的な執筆態度が、この様な主張幅の存在を許容しているのです。 たとえば、この記事を書いている当時にグーグル検索で一番初めに出てくる Yahoo!知恵袋の問答ですが、これは精液の組成を97%が水、3%が有機質(うち1%が精子)と仮定した上で回答が行なわれています。そしてざっくりと、3%全てが果糖だったと更に仮定を重ねています。 その結果得られた熱量は0.96キロジュール。 4.184kJが1kcalですので、約0.2キロカロリー(0.229kcal)との回答が導かれました。 屋上屋を架すというか、仮定の上に仮定があり、とても雑な二重仮定です。 本当の精液の組成がどうなっているのか知るためには、しっかりと資料に当たらねばなりません。 そこで一次資料として、WHO(世界保健機関)の「ヒト精液検査に関するラボラトリーマニュアル」にご登場願いましょう。 これは精液検査に関して国際的な作業方法を定めた手順書で、日本でも不妊治療などでは、このマニュアルに従った検査が行なわれるのが常です。 1994年刊行の第4版と2010年刊行の第5版がありますが、ここでは最新版(第5版)にのっとります。 このマニュアルには精液の最低基準値(Lower Reference Limits)の定めがあるのですが、 これによると果糖(fructose)は射精量に対し13μmol(マイクロモル)以上あることが精液の条件とされています。 英語版224ページをご覧ください。 ここでの基準的な射精量は1.5ml(94年版のWHO基準では2ml)とされておりますので、これを前提としますと、 13マイクロモル/1.5mlとなり、これを1L(㍑)になおすと、8658マイクロモル(0.008658モル)/L(1リットル)となります。 ここではモル濃度ではなく、グラム単位で見たいので、果糖の分子量(180.16g/mol)を掛けることにします。 すると1.55982528g/Lという数値が得られました。 つまりは1リットル=1000ミリリットルの精液の中には約1.56gの果糖が存在するということになります。 これをパーセントになおすと、0.156%。上記知恵袋の仮定に登場した3%とは、実に約20倍の差です。 いくら最低基準値とはいえ、通常許容される上限の倍数は5~10程度。 さすがに20倍の誤差があるはずもなく、上記知恵袋の2つ目の仮定はすさまじく雑と言うことが出来ます。 ということで射精一回分あたり0.2kcalという計算は誤りだった、ということがご理解いただけたかと存じます。 精液の主成分が水なのは確かなのですが、有機物の主成分が果糖だとするのが誤りなのです。 では、精液の主成分は一体何なのか。 ここで別の一次資料にご登場願いましょう。 男性学、特に生殖器の疾患研究に関する国際的な研究誌「Andrology Journal」26-4巻に収録された デューク大学のオーウェン氏・カーツ氏の論文「精液の物理的・科学的性質および精液模擬体の組成に関するレビュー」(2005年出版)です。 精液の仕組みについては、他にポール・スピナード氏の「The Re/Search Guide to Bodily Fluids」からの引用も散見されるのですが、 こちらはペーパーバックですし、また発行年次も1999年と古いため、比較的新しい上記論文に論拠を置くことにいたします。 といいますか、上記論文は精液の主要な成分について、先行研究を網羅するかたちで書いておりますので、 インターネットから閲覧可能で信頼性の高い資料としては、これがもっとも適当であると考える次第です。 彼らのサンプルの検証結果については466ページに記述があります。 主要なものを重量順に挙げると、それぞれ精液100mlあたり、タンパク質5040mg(5.04g)、クエン酸塩528mg、ナトリウム300mg、フルクトース(果糖)272mg、カリウム109mg、グルコース(ブドウ糖)102mg、カルシウム27.6mg。 pHは7.7。中性ですが弱アルカリ性寄りです。 たんぱく質にクエン酸、ナトリウムに果糖、カリウムにグルコース、カルシウムまで。 また、この一覧にはありませんが、亜鉛も16.5mg/100ml入っています。 こうしてみると身体に良い物質が沢山あり、俗説の様に、「精液は栄養価豊富で健康に良い!」だなんて言いたくなります。 ただし、注目いただきたいのが単位で、すべてmg(1000分の1グラム)です。 つまり精液全体の約5%を占めるたんぱく質(精子本体とその関連物質)を除いては、 2番手のクエン酸ですら0.5%、果糖では0.27%を占める程度で、その栄養価を存分に得られるかといえば、疑問があります。 消化器官に直接出し入れする肛門性交は別段として、フェラチオ等の経口摂取を前提とする場合、 栄養を取るためには、やはりサプリメントや普通の食品に頼ったほうが手っ取り早いことでしょう。 さて、とはいえ精液全体の約5%がたんぱく質であることが分かりました。 精液の主成分、もっとも多く含まれている成分は、果糖ではなく、たんぱく質なのです。 たんぱく質とは、すなわち精子。 全精液量に対する精子数量(質量)の比率は、個々人の体質・体調によって大きく異なるため、定説はありませんが、 WHOマニュアルでは「3%程度から」とされておりますので、論文の5%という結果も適合的かと考えられます。 ではたんぱく質があるのだから、キュレーションサイトなどで見られる「精液は15kcalくらいある」という俗説は本当でしょうか? しかし、これもまた偽となります。 というのも、たんぱく質のカロリーは1gあたり4Kcalです。 そして、先程の5.04g/100mlを、平均的な射精量3.5mlに置き直すと、一回の射精に含まれるたんぱく質は0.189gとなります。 すなわち、精液に含まれるたんぱく質のカロリーは0.756kcalです。 ほかの6番手までの熱量を合算しても、精液3.5mlで0.807kcalとなります。 精液1mlあたりでは約0.231kcalです。 なお、ナトリウム、カリウム、カルシウム、亜鉛は無機質(ミネラル)ですので、カロリーはありません。 ところで上記の15kcal説と併設してnaverまとめ等でみられる「15カロリー説」(出典:googirl)というのもございます。 おそらく6kcal説〜15kcal説そのものは、精液の全量をたんぱく質と仮定してカロリーを算出しているものと思われますが、 その千分の一となる15cal説は謎です。 たぶん、大文字Cの大カロリーCalすなわちキロカロリー(kcal)と、 小文字cの小カロリーcalすなわち通常のカロリー(cal)とを混同・誤解しているのではないかと思われます。 だいいち、15calだったらたんぱく質は最大でも0.00375%しか含まれないものとなり、 到底、記事の文中にある様な「驚くほど栄養価が高い」ものとは言えなくなります。 言語矛盾が生じており、実に謎。 結論に入りましょう。 結果として得られた数値は、 一回あたりの射精による精液のカロリーは、日本人の平均的な射精量:3.5mlで0.807kcal。 1mlあたりで約0.231kcalということでした。 1回あたりの射精で5ml以上を出すことができれば1kcalは越えられますが、大概の場合、1kcal未満という結果となりましょう。 ちなみにセックスの消費エネルギーは少なく見積もっても100kcalはありますから、 よほどの絶倫、あるいは多精子の方でない限り「精液を飲んでカロリー補給」というのは現実的には難しそうです。 一方、母乳のカロリーを考えてみると、こちらは人乳1mlあたり0.650kcal。 熱量は、精液の3倍近くあります。しかも1日800mlくらい出すことができる。 おちんぽミルクでは、本物のミルク(おっぱい)には勝てないのです。 そんな性に関するお話でした。 <追記> 「精液を増やす」として知られる アサヒ フード・アンド・ヘルスケア(アサヒビールHD系列)の「エビオス錠」ですが、 この錠剤の有効成分は亜鉛であると言われています。 ここで一回の射精当り放出される亜鉛を見てみると、 16.5mg/100mlでしたから、0.5775mg/3.5ml(一射精)となります。 一方、エビオス錠の含有する亜鉛は一日分30錠あたり0.43mg。 たしかに、エビオスを飲めば、ほぼ1射精分の亜鉛が得られることになるのです。 亜鉛が精液増加に本当に効果があるのか、については諸説ありますが、 少なくとも論拠にはなりうるな、と観念する次第です。
by katukiemusubu
| 2017-02-23 01:12
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