児童ポルノの違法性、その基本的な規制範囲について。 各国で大きく異なる「児童ポルノ規制の法的範囲」、 とりわけ私達の生活に密接に関わる日本とアメリカについて、ざっくりと解説する記事です。 (※ちなみに世界で最も規制が厳しいのはカナダで、留保なしの徹底した全面規制が行われています) まず日本における規制の範囲について。 規制法は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」(いわゆる児ポ法、児童ポルノ法)です。 ここにおける法の保護対象は「児童」。法2条1項では「十八歳に満たない者」と定義されております。 法律用語での「者(もの)」とは、法律上の人格権を有する自然人および法人をいいます。 ここに言う「法律上の人格権を有する自然人および法人」とは、現実社会で現に活動している「実在する人格」のことを指します。 つまりは日本の法規制とは、実在する人格を問題(保護対象)とするものであって、絵画・漫画その他に描かれる非実在人格(創作上の人格)を保護対象とした規制ではありません。 規制は実在する人格を守るためのもの。この規制目的に関する大前提にご留意ください。 そしてこの大前提に基づいて、規制対象である「児童ポルノ」の定義が同法2条3項でなされています。 全文を引用はいたしませんが、ざっくり言えば「(実在)児童」が被害者となるポルノグラフィー全般が「児童ポルノ」です。 あくまでも「実在する児童が被害者となるポルノグラフィー」が規制対象であることにご留意ください。 (※ただし、それがCGやイラストであっても、実在する人物をモデルとするものについては、自然人たる児童への権利侵害(被害)が観念されるため、法規制の対象となります) 少なくとも国家レベルの法律では、想像や非実在に関する規制は為されていないのです。 保護対象が「実在児童」である以上、規制対象もまた「実在児童に関するもの」となる。 目的と手段のバランスが取れており、妥当なものと申せましょう。 ところで日本の法体系では、国家レベルの法律に加えて、自治体レベルでの条例による規制が予定されております。 いわゆる横出し規制・上乗せ規制の問題ですが、これもチェックしておく必要がございましょう。 まず各種条例の規制目的・保護対象について。 この記事を書いている平成29年(2017年)2月現在、各種条例の保護対象は法律と同じく「児童」です。 例えば、「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の第18条の6の2は、「児童ポルノ」の定義について定めた条文です。 これを見ると東京都における「児童ポルノ」とは「法律(平成十一年法律第五十二号)第二条第三項に規定する児童ポルノをいう。」としており、法律に従った定義がなされています。 他の都道府県の条例にも同様の定めがあり、つまりは各種条例の保護対象も「(実在するアクチュアルな)児童」なのです。 ただし平成22年(2010年)の東京都条例改正において、いわゆる「非実在青少年」の改正案が否決されたのち、「非実在犯罪」に関する改正案が可決されました。 保護対象ではなく規制対象に関する議論ですが、これについては目を留めておく必要がありましょう。 ここにいう「非実在犯罪」とは、すなわち、「漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は・・・近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」(同条例7条2号)を言います。 要は、法に反する性行為を描いた創作物については、被害者が実在しようがしまいが、被害者が成年であろうが未成年であろうが、これを規制対象とするというものです。 「規制対象になるならば、創作そのものが出来ないのではないか」と思われるかも知れませんが、さにあらず。 ここで規制対象とされる行為は、きめ細やかに特定されています。 では、ここでの規制対象とされる行為とは何か。 条例文を見ていくと「非実在犯罪」を描く創作行為は対象とされていません。描くことを禁止している訳ではないのです。 そして出版行為そのものを規制しているのでもなければ、単純所持を規制する訳でも、販売一般を規制する訳でもありません。 あくまで条例は「青少年に販売し、頒布し、又は貸し付け」ることを規制対象としています(9条1項)。 しかも、その規制の発動には7条2号の要件を満たすことに加えて、「強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を著しく妨げるもの」(8条1項2号)として、東京都知事が(予め)有害図書認定を行うことを求めており、手続き的な制約がかかっています。 つまり東京都条例で禁止されているのは、 あくまで限定された要件での「非実在犯罪」に関する創作物(漫画、アニメーション、その他の画像)であって、 かつ、これを青少年向けに販売、頒布、貸し付ける行為に限られています。 日本の法体系では、こうした特定の(限定された)行為が禁じられているのであり、 成年向けのコミック(黄表紙)やその他創作物の創作や頒布が一般的に規制されているわけではございません。 規制による対象の保護とその反面生じる萎縮効果のバランスをとった、きめ細やかな規制と申せましょう。 従って、茜新社の「LO エルオー」その他の成年コミック誌が全国的に存続できている訳です。 (※なおコンビニその他の民間企業が成年コミックを「置かない」判断をするのは各社の経営判断に寄るものであり、本稿で言う法規制とは直接の関係はありません) 一方、アメリカでは。 1996年に、いわゆるCPPA(Child Pornography Prevention Act)が連邦法として成立し、 全国的規模の表現規制が開始されました。 英米は判例法(不文法)の要素が強く、法文に規制目的(保護対象)が明示されていない場合があるのですが、ここでは規制対象から見て参りましょう。 ここでの規制対象、すなわち「児童ポルノ」(Child Pornography)とは、 各種視覚的表現のうち、 「未成年者または未成年者のようにみえるものが、性的に露骨な行為を行っている視覚的描写」と定義されています(法18編2256条8項(B))。 「未成年者のようにみえる」イメージである以上、実在・非実在を問わず、青少年に関するあらゆる創作が規制対象に含まれております。 しかも、上記の東京都条例の「非実在犯罪」とは異なり、成年者への頒布が規制対象外という訳ではなく、ただ持っているだけ、単純所持の実態があるだけでもで刑事上の責任を問われうるという、(日本と比較すれば)広範かつ過激な規制です。 ですが、法の規制目的はあくまでNew York v. Ferber判決(1982)により確立された「実在する子供の保護」にありました。 要は、日本と同様の法目的なのです。 しかし、そうでありでありながら、実在・非実在を問わない広範かつ過激な規制が導入されたのです。 果たして、ここまでの規制は許されるのか。 規制目的と手段の間に釣り合いが取れていないのではないか。 アメリカ社会でも問題となりました。 そこで、このような表現の自由を制約するのは違憲ではないか、との訴訟がFSCという団体により起こされました。 曰くこのような規制は、表現の自由を保障したアメリカ合衆国憲法修正第1条(権利章典)に違反するというのです。 これに対する決着がついたのが2002年のこと。See Ashcroft v. Free Speech Coalition判決(2002)です。 連邦最高裁は、FSCの主張を認め、 被害者の存在しない表現まで規制するのは過度に広範である、としてCPPAに違憲判決を下しました。 CPPAの規制は、違憲無効となったのです。 ただ、ここで注意いただきたいのは、 あくまで「規制範囲が過度に広範であるから」違憲になったということです。 すなわち、非実在人格に関する創作表現全体が、憲法(表現の自由)によって保障されたものと言った訳ではありません。 これを言い換えるなら、 論理的には「過度に広範でない」表現規制ならば許容されうる、と読むことが出来るということです。 この最高裁判決を受けて、連邦議会は「過度に広範でない」規制の制定に着手。 2003年にCPPAの改正法案、通称プロテクト法(PROTECT ACT)を成立させました。 米司法省のファクトシートにはその制定経緯が記されています。 ここでは規制対象、すなわち「児童ポルノ」の定義が変更され、 各種視覚的表現のうち、「未成年者又はそれと区別できないものが、性的に露骨な行為を行っている視覚的描写」と定義されました(修正法18編2256条8項(B))。 「未成年者又はそれと区別できないもの」(indistinguishable from, that of a minor)。 従来の「未成年者のように見える」という主観たっぷりの定義よりも、幾分か客観的な定義です。 とはいえ、このままでは意味不明瞭。 そこで修正法18編2256条には新たに11項が設けられ、この「区別できない」(indistinguishable)の意味についてもより微細に定義がなされています。 11項を翻訳し、全文引用します。 「視覚的描写に関する『区別できない』という用語は、その描写を閲覧する通常人をして、当該描写が、性的に露骨な行為に実際の未成年者が従事していると結論づける様な描写と閲覧対象とを、事実上、区別できないということを意味する。 この定義は、未成年者や成人を描いた絵画、漫画、彫刻などの描写に対しては、適用を除外する」 おお、実際の未成年者を対象とし、絵画や漫画は適用除外。 では、非実在青少年の表現はOKでしょうか? しかし、そうではありません。 新たな規制対象として「わいせつ児童ポルノ」が加わったのです。 プロテクト法504条にその定めがあります。 同条はCPPA法1466条Aに変更を加え、その標題を「児童の性的虐待に関するわいせつ視覚的表現」としました。 そしてCPPA法2252条A(b)における単純所持罪の処罰対象として、以下を列挙します。 「故意に閲覧の意図をもって、以下の(1)または(2)の条件を満たす、絵画、漫画、彫刻を含むあらゆる種類の視覚的描写を所持する者は(法2252条A(b)により)10年以下の懲役に処する。 (1)(A)性的に露骨な行為を行っている未成年者を描いたものであり、かつ(B)わいせつであるもの。 または(言い換えれば)、 (2)(A)①性交、②獣姦、③サディズムまたはマゾヒズムに基づく虐待、または④性的な属性をもつ陳列であり、未成年者に関するもの(①から④の対象は、生殖器・口腔・肛門のいずれか或いはその相互間に行なわれる行為全般を指し、そして、その行為が異性間・同性間のいずれで行なわれるかを問わない)であり、かつ(B)文学、芸術、政治、科学のいずれにおいても重大な価値を有しないもの。」 肝は「(1)または(2)の条件を満たす」の部分です。 単なる児童ポルノではなく、条件を満たすという前提を入れることで、過度に広範な規制という批判に答えようとしています。 しかし、条文をよく読んでみると、社会的価値を有さない性的表現はほぼ全てアウトになっています。 総合して言えば「実在だろうが非実在だろうが関係ない。価値無き猥褻性ある児童ポルノは全て規制する」ということです。 なんだか、わが国における有害図書排斥運動(いわゆる白ポスト運動)を思わせる口ぶりです。 一般的な「児童ポルノ」(これは主に実写を想定)に加えて、絵画、漫画その他については「わいせつ児童ポルノ」という新しい定義を設けて、この規制を図った、というのがプロテクト法の実態でした。 連邦最高裁に否定された一般的な「児童ポルノ」は引っ込ませて、「わいせつ児童ポルノ」という新しい定義をつくり、 かつ、これに「猥褻性」という条件を付加することで規制対象を限定し(少なくとも外形を作り出し)、最高裁の「過度に広範な規制」という批判に応える。 なかなか巧みな法構成です。 (かなり長いですが、検索いただければ翻訳元の各条文にたどり着けます) さて、このプロテクト法成立により、 「猥褻性ある」要件を満たす、一切の児童ポルノ表現が禁じられました。 これは、表現の自由を定めた合衆国憲法修正第一条に違反して違憲なのではないか。 ここはアメリカ、当然訴訟になります。 これが争われたのがUnited States v.Williams事件(連邦政府対ウィリアムズ事件、2008年)。 被告のウィリアムス自身は実写の児童ポルノ(実際に被害者のいる児童ポルノ)を所持していたので、完全にアウトなのですが、 その裁判の過程で、非実在人格をふくむバーチャルな児童ポルノへの表現規制についても、争われることとなります。 争点はこれまでと同じく、「この法律は、表現の自由を保障した憲法修正第一条の保護下にある表現まで規制しており、違憲ではないか」ということです。 ここで連邦最高裁は、今回のプロテクト法は十分に規制範囲が限定されたものであるとして、規制に合憲判断を下します。 高名なスカリア裁判官(2016.2死去)意見を引用しましょう。 (上記判決要旨ページの「Opinion (Antonin Scalia)」リンクを押すと出てきます) 判事は意見文のなかで、この様に述べ、「わいせつ児童ポルノ」の規制を合憲としました。 「Ferber判決その他の過去の連邦最高裁判例にもとづいて判断しても、プロテクト法による定義、すなわちアクチュアル(実在)、バーチャル(非実在)を問わない『わいせつ児童ポルノ』は、憲法上保護された表現とは考えられず、その規制は妥当である。」 そうして、アメリカでは各種視覚的表現のうち、「わいせつ児童ポルノ」にあたるものについて、その対象の実在を問わない規制が行なわれる様になりました。 ときおり、日本産のロリコンコミックを所持して逮捕される米国人、というニュースを耳にしますがそれはこのプロテクト法によるものです(主として単純所持違反)。 では、日米比較を通じて、日本に言えることは何でしょうか? ここで注目したいのは、アメリカにおけるスカリア意見があくまでも「Feber判決を前提として」発されたものであった、ということです。 すなわち、「実在する子供の保護」を法目的とした規制であっても、 「わいせつ性ある児童ポルノ(わいせつ児童ポルノ)」に当る限り、実在しない人格に関する表現まで規制することが認められうる。 それは成年者をも対象とし、出版・販売の段階ではなく、創作・所持の段階で規制する重度の規制である。 アメリカではそう認められました。 アメリカと同じく「実在する児童の保護」を法目的とする日本の法体系においても、この論理を敷衍することが可能です。 つまり解釈次第では、現行法を改正することで、非実在人格を扱う創作物まで全国的な法規制の対象とし得る、ということになります。 たしかに「創作物とは言え、そういった表現が無ければ、またそういった考えに触れることがなければ、実在の人格に対する侵害・性的搾取も生じにくいはずであり、実在・非実在を問わない規制は、結果として実在する児童の保護にも役立つ」という論理は頷けるものがあります。 しかし、実在する人間とは異なり、分解してみれば「単なる点と線」となる絵画、漫画に対し、 つまり実際の被害者がいないにも関わらず、犯罪の予防が期待されるとはいえ、その全般を規制対象とするのは、果たして適切でしょうか。 そして、考え方に触れたことで、現実にわいせつ行為をしてしまう、という考えも果たして適切でしょうか。 少なくとも、犯罪小説を読んで、小説における被害者を守れ!といった話は聞いたことがありませんし、 また、犯罪小説を読んで「しめしめ、俺も犯罪を起こそう!」と決意する人は、一万人に一人もいないでしょう。 予防が図れるとしても、その目的と規制の重さが釣り合うかどうか、天秤のバランスが合っているのか非常に疑問です。 しかも、創作は思索や想像により生まれますから、 バーチャルな想像まで規制するとなると、それは当然、人の思想・考え方への規制となる訳で、 国家が人の考え方にまで介入するという前近代的な時代に帰りたいならば別段、現代人がとるモダンな態度とは言い難いものがあります。 表現内容の規制は、思想の統制につながる危険を常にはらんでいます。 ですから仮に規制を考慮するにしても、目的と効果、規制態様のバランスは取れているのか、慎重に慎重を期するべきでしょう。 そんな表現規制をめぐる考察でした。 ※茜新社のTenma Comics LO等は、アマゾンをはじめとした米国系企業において取扱が拒否されている現状にありますが、それは上記のアメリカにおける規制、すなわち「わいせつ児童ポルノ」に対する2次元、3次元を問わない厳しい規制を前提とすれば当然のことです。彼らは米国企業であり、当然米国法を守らねばならない。ですから(同じく米国発祥の)Twitter社が非実在児童に関する創作に厳しいレギュレーションを掛けたとしても、彼らの認識としてはこれは(米国法に則った)遵法行為であり、決して(ユーザーの)表現の自由を侵害する意図のものではないのです。善悪の問題ではなく、法意識の差異。両国の比較法の境界が現れた事象なのです。
by katukiemusubu
| 2017-02-25 03:07
| 法律系
|
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