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【レビュー】東山翔「Implicity」書評と考察

平成29年(2017年)2月25日発売。
東山翔の新刊「Implicity - Donors make human world peace. -」を入手しました。
書評と考察(主としてSF面)を書き置きます。

※注記1:R-18
本稿は、成年コミックに関するレビュー記事です。従って18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
※注記2:ネタバレ
SF面の考察を行う都合上、「Implicity」本編および書き下ろし、店舗別の各種特典、
LO2017年4月号(2月21日刊行)に掲載の「Implicity episode05」、
同6月号(4月21日刊行)に掲載の「Implicity episode06」、
同7月号(5月20日刊行)に掲載の「Implicity episode07」
同8月号(6月21日刊行)に掲載の「Implicity episode08」
同9月号(7月21日刊行)に掲載の「Implicity episode09」
同11月号(9月21日刊行)に掲載の「Implicity episode10」
同12月号(10月21日刊行)に掲載の「Implicity episode11」(最終話)
平成30年(2018年)1月27日発売の単行本第2集「Implicity2 - To the Gelassenheit. - 」のネタバレを含みます。
ご注意ください。




【レビュー】東山翔「Implicity」書評と考察_c0124076_15032006.jpg
【書評】
表現の極北にかがやくハードコアSFロリマンガ。
一言で言えばそうなります。

"ロリータポルノ"という一部の国では違法化された表現技法(※1)を用いながら、
多読に耐えうる精緻な設定、重厚で淫靡な世界観が作り上げられた傑作長編。

ポルノグラフィとして見ても、ハードSFとして見ても、信じられないほど上質な作品です。

9年前、”天才”をモチーフにした東山翔の単行本「Gift」(書評リンク)が出版された際、
本の帯にかかれた宣伝文句は「この漫画に出会える可能性が高い、それだけでロリコンは勝ち組。」でした。
2008年と同じく、いやそれ以上に本作は魅力的で、この漫画に出会えたことを感謝したくなる様な出来栄えです。

成年指定の表現物でありますので、当然、読む人を選ぶことは間違いないのですが、
この圧倒的な画力と練り込まれたストーリーテリング。
心理的抵抗感を乗り越えてなお、読む価値がある本であるということも、また間違いのない一冊と存じます。

「1984年」など、ディストピア小説が好きな方には特におすすめです。
理性と欲望の相克、これに関する描写が実に巧みなのです。

欲望に身を任せてポルノグラフィーとしても読めますし、理性で身を律して社会派SFとして読むことも可能です。
そして理性も欲望も綯い交ぜにして、作中世界にどっぷり浸かるような読み方も、また可能。
読み返せば読み返すほど味わいがふくらみ、優れた複読性を持ちえています。

題名の「Implicity」は絶対性、盲従性、潜在性、暗示性、絡み合い、という5つの意味を持つ多義語ですが、
その標題が指し示すように、読み方によって、万華鏡の様にその姿を変える作品。

東山翔という作家は、「余白」を用いることが非常に上手い作家であると思います。
ここでいう「余白」とは、コミックにおける背景画であったり、ブックデザインに潜まされた小さな文字列であったり、
あるいは、敢えて開示されない設定であったりしますが、
この「余白」からあらはれる、匂い立つ様な作中の空気、手触りが、感触すら伴って読者に伝わってきます。

それが読むたびに広がってゆき、次第にみえる世界が広がってゆく。
それは霧が晴れてゆく様な、思索をめぐらす時の様な。

読書でありながら、散歩する様な心地。なかなか得難い体験をもたらす創作物です。
技術系サークル「Circle Qt」のks氏が原案協力としてクレジットされているのもポイント。


※1:表現規制について
海外の表現規制うんぬんについては、
詳しくはこちらをご覧いただければ幸いです。
要旨のみ取り上げますと、アメリカでは「わいせつ児童ポルノ」に対して2次元、3次元を問わない厳しい規制が敷かれており、その結果、本書をはじめとする茜新社のTenma Comics LO等は、アマゾンをはじめとした米国系企業において取扱が拒否されている現状にあります。


【考察】

1.作中世界、世界観について

未来。「シティ The City」(p.85,197)と呼ばれる上部階層(地上)と、その下に何層もの「レイヤー」が積み重なった下部階層(地下,p.150)とが広がる重層都市。
吉浦康裕「ペイル・コクーン」やJohnHathwayの「魔法街」、スター・ウォーズにおける首都惑星「コルサント」に近いイメージの階層都市です。

各レイヤー(階層)はそれぞれ「葉(よう)」(p.162)または「層(そう)」(P.40)と呼称されており、
現在登場人物が言及しているだけでAからVの各葉がある(P.189)。
上からA~Z順で並んでいると考えられ(p.40)、それぞれの葉間の移動に、改札口を伴う何らかの交通手段がある(P.61)。
また最上層であるシティへの移動には「リフト」に搭乗する必要があり、リフト搭乗には、ある程度の大金(2万YENほど)を要する(P.38)。
ただ、厳しいのは下から上への移動で、上から下へ行く場合には比較的容易の様です(p.63)。
葉はさらに「階(かい)」の単位で垂直に細分化されており、少なくともV葉は15階まである模様(P.159)。

作中における垂直方向の分類は「シティ」ー「葉」(または層)ー「階」まで。
一方、水平方向の分類は、各「階」の中に「◯◯番通り」・「☓☓地区」の分類が存在します。

「◯◯番通り」の◯◯にはアラビア数字が入る。少なくともV葉15階には54番通りまで存在する模様(P.168)。
C葉7階には3番通り(p.76)や8番通り(p.77)、C葉2階には10番通り(P.162)が存在する。
「☓☓地区」の☓☓にはアルファベットで地名が入る。
作中に登場する地区名としては、C葉8階10番通りARPA地区(p.40)、V葉15階6番通りVIKKA地区(p.159)など。
地区内にも「XEEL 1-76」(カバー裏)といった細分があり、このあたりは現実におけるアメリカの住所表記に近い。
各階の人工地盤の高さはそれなりにあり、p.76の絵からいえば7m程度。
2階建ての建物が多く見受けられる(p.76,p.86)

水平方向の移動については、上下にガイドレールがついた2階建てバス状の電車が用いられている(p.76)。
また電車の横断幕をみると「北行最終便 North 79」の表示があり、北方面の79番通り行きと考えられる。
すると東西南北の方位感覚がある様である。

治安機構として警察(p.76「A10警察署」)が存在し、自治警察とも呼ばれる(p.162)。
p.162のニュース報道では、「自治警察はシティの要請を受け・・発表しました」とあり、
上部階層を構成するシティから半ば独立した存在として、下部階層の治安を担っているものと考えられる。

一方、経済面については、上部階層・下部階層間で「公共福祉銀行」(p.41)を通じた金銭の流通が可能となっている。
公共福祉銀行内の口座は「福祉口座」(p.38)と呼ばれ、アカウント(p.37)による管理がなされている。
アカウント管理を行うのはシティの役所であり、開庁時間は8時から17時まで(p.37、p.39)。
流通貨幣の単位は「YEN(円)」(p.46、p.163)。A層に福祉ATMがある。
地上と地下の分離、格差社会、「福祉」という言葉。なんらかの環境インシデントの存在が想起されるが・・・。

作中において登場人物の間を流転する「リング(指輪)」(p.7)はシティ政府による官製品(p.27)であり、
作中の発言(p.20、p.27、p.87)や指輪裏の刻印(p.26)を総合すると、結婚指輪あるいはそれに準ずる妊娠・育児登録デバイスであると思われる。
p.127によれば「パートナー契約の際に使われている指輪」とのこと。
指輪にはアカウントが登録されている。
なお刻まれた文言は、episode0の登場人物2人の名前とappend of…というマリッジリングらしき言葉。
リン(Lynn)の名前がRinと刻まれているのは謎です。
→3月6日追記:作者ブログによれば、正しくはLynnとのことで、Rinは誤植とのことでした。

謎といえば住所表記にもブレがあり、
C2F-10-WINK(P.162 C葉2階10番通りWINK地区)やE1F-45-XEEL(カバー裏 E葉1階45番通りXEEL地区)という表記方法の他、
C10 8F-ARPA(p40 C葉8階10番通りARPA地区)やA-10-5F(同じくp.40 A葉5階10番通り)、
V15-6-VIKKA(p.159 V葉15階6番通りVIKKA地区またはV葉6階15番通りVIKKA地区)という表記も存在している。
作中の地区階層別のスラングなのか、単なる表記ミスなのかは謎。
ただ、描き下ろし部分のp.197には「事件の立憲」(正しくは事件の立件)という明白な誤植があり、誤植かもしれません。
あとp.196にもスペルミスが。「cancellation」が「canceration」となっています。

デバイスとしては、携帯電話(スマートフォン、p.61)やパソコンを思わせる機器(p.123)。
作中年代は西暦(A.D.年代)の終焉から少なくとも11世紀が経過(A.S.年代。後述)している様ですが、あまり現代とは違わないデザインです。
とはいえ、私たち現代人も数千年前からほぼ形状に変化のない、
「紙の本」というデバイスを何十世紀も主要な情報メデイアとして使い続けていますから、
一度完成されたデザインはそう易易とは変わらない、というのは自然に思われます。

食糧事情は不明ですが、p.163によれば「C層」に有機茸など有機合成食品を栽培する「合成農業特区」があります。
また精液をベースとした食物(p.36からp.40に調理飲食過程、※2)やネズミ(p.80)、生体球(p.162)という食料らしきものもあります。

公用語は不明ですが、日本語(作中全般)、英語(各種文書や指輪の刻印など)、中国語(p.162の看板「垃圾井筒」=ごみ廃棄孔など)の3語は頻出です。
またアルファベット表記ですが、チュルク系言語やアラビア系言語、フィンランド語などが散見されました。

政府機構についても不明瞭な点が多いですが、p.197によれば、行政府における官僚制はシティにて存在する模様。
またepisode 00に見られる様に、シティには少なくとも小学校相当の学校がある様です。
21世紀初頭に比べて、婚姻年齢または性交渉可能年齢は引き下げられており、12歳での性交渉が可能となっています(p.20)。
(まあ現行法も児童同士での性交渉については、禁止するものではありませんが…)

また子供をつくるに際しては、何らかの「免許」(p.21)が必要な模様です。こちらは13歳以上とのこと。
生殖に許認可が敷かれているのは、実にディストピア、高度管理社会の感があって宜しい。

政府機関のほか、ジャーナリストその他の報道機関(p.197,162)、
個人商店(p.162)から大企業(カバー裏やp.203に登場するAxis Donor Labなどの生体製造企業)に至るまで、民間企業も存在している様です。

「Implicity」世界の特徴としては、娼館の存在が挙げられます。
シティ(上部階層)では不明ですが、少なくとも下部階層においては、売春・買春が合法化されており、私娼や街娼、娼館が作中に登場します。
p.217のエイルの独白にあるように、娼館のなかでも「ドールハウス」(C葉)は別格とされている様です。
シティの指輪にも似た首輪による生体管理、充実した設備とセキュリティ、回復槽の存在などを考えると、
シティあるいは何らかの公的機関による公娼施設なのかも知れません。


2.「生体(Donor、ドナー)」について
【レビュー】東山翔「Implicity」書評と考察_c0124076_11414928.jpg
生体のスペックシート

「インプリシティ」世界を特異なものとならしめているのが「生体(Donor、ドナー)」の存在です。
作品副題「Donors make human world peace. (ドナーは人類社会に平穏をもたらす。)」にもある通り、本作の根本概念ともいえる「生体(ドナー)」。
言葉の初出はEpisode03の149ページとなります。

作中で明確に定義される訳ではありませんが、p135・p.136やカバー裏の生体広告などを総合すると、
「遺伝子工学により人工的に作り込まれ、設計された人間型の有機生命体」と定義することができそうです。

ただ一口に「人造人間」と称することも可能ですが、
ロボットやアンドロイド(無機物)とは異なる有機物であり、
また発注者や市場の動向に応じて、(遺伝子改造その他の)各種設計を施されるという意味でバイオロイドとも言い難く、
とはいえ人間とは別種の扱い、描き下ろしの短編「Market」にもあるように商品として売買の対象にされることから、
完全な人権享有主体性を保障されたサイボーグ(機械化・調整化された人間、あくまでヒト)とも言い切れず、
上記の定義にいたった次第です。

最も近しいのは、映画「ブレードランナー」(リドリー・スコット監督)に登場する「レプリカント」でしょうか。
原作の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(フィリップ・K・ディック)では単に「アンドロイド」と呼称されていましたが、
映画ではクローン技術におけるReplication(DNAなどの複製)をもじって「レプリカント」と呼称されておりました。

人間扱いはされませんが、一定程度の限度において、人権の享有主体性は認められているらしく、
殺人を犯した生体についても、モノとしての「処分」ではなく、「容疑者」(p.162)として法的手続きに基づく裁判が予定されています。
またEpisode04に登場するエイル(Eir)の様に、自らの労働の対価としてお金をためて、ほとんど人間と変わらない暮らしを営んでいる生体もいます。

この"物とも人間とも言い切れない”感覚がなんとも絶妙です。

ただ全ての生体に対して人権が認められているかというと、
そうではなく、生体というカテゴリーの中にもヒエラルキーがある様です。

その最たるものが、「天然物」という概念。
描き下ろしエピソードの敷居紙(具体的にはp.211,214)に印刷された生体のスペックシートでは、「NAT(ナチュラルの略)」として表記されています。
また、とらのあなの特典小冊子にも同様のスペックシートがあり、やはり「NAT」の表記があります。

描き下ろしエピソード3・番外編「HerPeace」によると、
「天然物」とは、人間と同じ年数をかけられて、幼児期から年少期、少女に至るまで育てられた生体を言います。
生み出され、育まれ、「児童館」という施設で初期教育を受けた、ほとんど本物の人間と見紛うばかりの存在。

ただし、本物の人間と異なるのは、その教育内容が「性技」に集中しているということです。
作中に登場する生体は、程度の差こそあれ、性産業に従事している、または従事した経験があり、それを当然とみなすように”教育”を受けています。

人権侵害の最たるものである性的搾取・虐待の受け皿として、”ヒトではない”生体を用意し、これに性負担を負わせることで、人類社会の平穏を維持する。
それが「Implicity」作中で実現されている「Donors make human world peace.」の実態です。

「天然物」の反対概念は「養殖物」と思われますが、
その象徴的な存在がカバー裏に描かれたADL社(Axis Donor Laboratory)のFAIRIES(フェアリーズ)シリーズです。

英語で商品説明が書かれておりますが、なかなか凄まじい内容。
要旨を意訳いたします。いわく・・・、
「場所をとらず、低ランニングコスト、メンンテナンス性に優れた新モデル『フェアリーズ』を発売いたします!」
「注文後2週間で、好みの体格まで”促成栽培”した上で、お客様へお届けします」
「膣と消化器官を直接接続する”設計”で、生存に必要なものはお客様の精液だけ」
「100kgの荷重にも耐える強度をもち、骨盤を"拡張柔軟構造”としているため、小さな身体でありながらお客様のモノを膣・肛門ともに受け入れることが可能です」
「”耐用年数”は3年です。瀕死状態となりましたら、ご家庭の"生ゴミ再生処理機"に捨ててください。また食用いただくことが可能です。残った骨格は可燃物として処分いただけます」

・・・訳していて、若干吐きそうになるくらいの、それはあっけらかんとしたモノ扱いです。
そこには人権の「じ」の字もなく、オナホールのように生産され、使用され、処分されていく商品の取扱説明があるのみ。
可愛らしい絵柄とのギャップが、生体を襲う運命の過酷さを物語ります。

シティの敏腕女性ジャーナリストの生活を描いた番外編「Vault」では、このフェアリーズシリーズと同じレベル感の下級生体(low class body)の処遇が描かれています。
ジャーナリストは下級ボディ生体を自宅に9体所有しており、自らの慰みものとして使用。
下級の「養殖物」生体は言葉を発する能力も与えられず、ただ性的奉仕を行うのみの存在です。
奉仕の中で、購入して2年のレストア品「サン」が耐用年数を迎え、瀕死状態となりますが、ジャーナリストは「サン」を自宅の"生ゴミ処理機”へ放り込み、あっさり処分します。
そして「さて」と一息ついて、次に購入する生体の注文にとりかかるのです。
一方、生体部屋では、"リサイクル"された「サン」の肉体が食品加工されて、給餌槽に出てきておりました。
かつての「サン」の肉体でつくられた「生体球」(生体肉を球状に加工したもの)を貪り食う下級生体たち。

さっきまで一緒に性の喜びを味わっていたものも、あっさりと殺処分され、食用に供される。
徹底的な物質(モノ)としての描写は、直截なグロ描写・リョナ描写よりも恐ろしく、一種独特の迫力のある短編となっています。

そうした人権のまったく認められない「物(モノ)」としての生体がいるかと思えば、
ドールハウスのドール達の様に、徹底した安全管理と丁寧な扱いで対応される、限りなく人に近い「人形」たちも存在する。
その処遇は当該の生体にかけられた時間的・経済的コストに比例するようですが、しかし、どこまでいっても生体はモノなのです。
その証拠に全ての生体のスペックシートには「リサイクル100%」の表記がなされているのでした。

また注文主の好みによって、調整を加えるため、
無肢などの四肢欠損を前提とするシリーズ、両性具有のシリーズ、フェラチオに特化した無歯顎シリーズなど、
各種調整済み生体が、生体市場に出回っている旨の描写がございます(番外編「Market」)。

ここで培われた生体改造のバイオテクノロジーは、本物の人間にも応用されているらしく、作中には何人かの強化男性が登場します。
たとえば、精液分泌量を大幅に増大させた強化睾丸の着用者。
あるいは、ねじれ加工を施された改造ちんこ(男性器)の所有者(いずれもEpisode01)。
そして、先の女性ジャーナリストも強化手術により、両性具有者となっています。

また生体については、身体の成長を一定段階でとめる「固定(スペックシートではFIX-O)」の技術が確立されており、
EIR(エイル)はFIX-Oの両性具有(ダブル,Double/ふたなり)生体です。

外見では普通の人間と見分けのつかないものが生体であったり、
あるいは生体の様に見えるものが、実は本物の人間であったりする。

「では、人間とは一体何なのだ」「何をもって人間というのだ」という認識の揺さぶりが仕込まれており、生体の存在は作品に優れた緊張感を与えています。


3.登場人物、勢力について

作中の登場人物、勢力についてのまとめ、考察です。
想像で補っている部分が多々ありますので、その点ご留意ください。
人名or勢力名:登場エピソード/紹介文の順に表記。

エミー(Emmy, 指輪ではEmmy.R):Ep00、Ep07
/シティに住む12歳の少女。リンに告白され、指輪を受け取る。保健体育と歴史の知識に詳しい。指輪を落とし、物語の発端となる。

リン(Lynn,指輪ではRin.S):Ep00
/シティに住む12歳の少年。エミーに告白し、思いを遂げる。好きなシーズニング薬はバニラ。比較的積極的。

ヨウニー(Youni、有你):Ep01、HerPeace(p.220のみ、セリフ無し)
/C層(C葉)のスラムに住む10歳(アンダー)の少女。それなりに名の知れた私娼。コウの友人。指輪を見つけ、物語が動き出す。コウと合流すべく上層に向かうが、「我吃飽了(ウォーチーパオラ、中国語でごちそうさまでした)の男たち」に拳銃を突きつけられて強姦され、違法薬物を盛られ、人格が崩壊するまで犯される。

コウ(Kou,亘):Ep01、Ep04、Ep06
/C層(C葉)のスラムに住む11歳の少年。時おり私娼として客を取る。ヨウニーの友人。ヨウニーの見つけた指輪を用いて、エミーのアカウントからお金を引き出すが、警察に看破され御用。傷心のままC層へ戻るが、人格を破壊されたヨウニ−を目の当たりにする。後にV葉へと下り、エイルの世話になる。

ユルカ(Julka):Ep02、Ep03、Ep04、HerPeace(セリフ無し)、Ep05(言及のみ)、Ep06
/C葉の「ドールハウス本店」所属の生体。10歳の少女。ランキング1位の人気嬢。自らを「人間の性欲を受けとめる存在」と定義する職人気質の生体(ドール)。6歳の時分に水揚げされ、働いている。Ep02では、客から指輪をプレゼントされる。Ep03では、シーナとVIP客の接待にのぞむが、VIP客の正体は「我吃飽了の男たち」の実行役であり、事件に巻き込まれる。シーナを救うため、実行役を殺し、ドールハウスから逃亡する。逃亡生活の果てにV葉のエイル邸に落ち着くが・・・。

シーナ(Sheena):Ep02、Ep03、Ep04、Vault(言及のみ)、HerPeace(セリフ無し)、Market、Ep05(言及のみ)、Ep06、Ep07
/C葉の「ドールハウス本店」所属。実は、生体ではなく本物の人間。11歳〜12歳。8歳の時、高級官僚の義父に近親相姦を強要され、それが発覚した10歳のときにシティから下部階層へと落とされる。生体マーケットで売買されているところをドールハウスのバイヤーに発見され、水揚げ。以降はドールハウスで勤務。「我吃飽了の男たち」に狙われ、誘拐されかけるが、ユルカの尽力で、ドールハウスから脱出。以降、ユルカと共に公共交通機関を用いない逃亡生活を送り、V葉のエイル邸に落ち着くが・・・。

エイル(Eir):Ep04、HerPeace、Ep05(言及のみ)、Ep06
/両性具有の生体。GENETIC STUDIO製。24歳。ただし14歳で発育を固定している。児童館を卒業後、娼館、ドールハウス、愛人を経てお金を稼ぎ、V葉HON地区1-13に居を構える。逃亡生活を送っていたユルカとシーナに声をかけ、それぞれ「ユカ」と「ミナ」と名乗った二人の正体を認識しつつも、自宅に保護する。ただし、Ep05で「我吃飽了の男たち」に捕捉され、潜り込まれたという会話が登場する。三人の身に起こった出来事については、「惜しかったなぁ…」「気の毒にな…」と言われているが、実際に何が起こったかは不明。また、ウェブサイト「TearDrop」の熱心な閲覧者である。

我吃飽了の男たち(仮称):Ep01、Ep02(言及のみ)、Ep03、Ep04、Ep05(言及のみ)
/現時点の作中における最大の悪役。レイプ集団。生体ではなく、人間を付け狙う傾向がある。レイプの犯行現場に「我吃飽了」(ウォーチーパオラ、中国語でごちそうさまでしたの意)の落書きを残していく。「あのサークル」(Ep02)、「あいつら」(Ep05)「連中」(同)とも呼ばれる。「Teardrop」というウェブサイト上で活動しており、同サイトに月次レイプの動画を投稿している。p.220・221にはEp01でヨウニ−を集団レイプした「Jan Tour(1月月例会)」の他にも、月例ツアーの動画投稿が確認される。対象者を殺しはしないとの話だったが、Ep02では被害者を絞殺したという話が言及される。ただし、ここでの被害者は恐らくヨウニーのことであり、Ep01の終わり方からいえば、廃人化したヨウニーをコウが安楽死させたのではないかと考えられる(※3)。

チバ(千葉):Ep01、Ep03(言及のみ)、Ep04
/「我吃飽了の男たち」のリーダー格・主宰者と目される男性。改造男根と異様に長い舌をもつ強化人間。Ep01での発言や、Ep03のショートメッセージ(p.155)には「リフト」が登場しており、ほぼ確実に地上(シティ)の人間と考えられる。我吃飽了の男たち」は、身元を隠すためか、レイプ時にお面をかぶって事に臨むが、チバのお面は「ツインテールの幼女(アニメ顔)」であり、一層シュールである。怪しげな関西弁を操る。他に言及のあるメンバーとしては、take(ep1) 、タキ(ep2)、実行役(ep3)、ドールハウスの内通者(ep3)、Josh_td(ep3)など。

女性ジャーナリスト:Vault
/シーナをめぐる近親相姦事件の立件に活躍した新進気鋭のジャーナリスト。シティでは1世紀以上発生していないとされる強淫事件を白日のもとに晒した。作中の批評・報道によれば、自身も強淫(強姦)被害の経験があるという。両性具有者。自宅の地下室には9体の生体を囲っている。人間への人権侵害には敏感だが、生体への侵害には関心が薄い。「Implicity」作中世界における倫理観の鏡の様な存在。

栗栖とその友人ケイ:Ep05、Ep06
/エピソード5・6の主要登場人物。We predator make the teardrop.(僕らは、涙のひとしずくを作り出す捕食者。)をモットーとするウェブサイト「TearDrop」の会員であり、「HerPeace」p220ー221に出てくる動画・ACLR(Amateur Childonor Loves Rape)シリーズの投稿者。同じフォーラムで活動している我吃飽了の男たち」には対抗心を持っている。AD社のA.D.Townで遊んでいる際に、「彼女」を見かけて追跡するが・・・。

AD社(Anno Domini Foundation):Ep05、とらのあな特典小冊子、メロンブックス特典小冊子
/その名の通り、西暦(Anno Domini)時代をモチーフにしたテーマパーク「A.D Town」を運営する財団。A.D Town(AD街)では、西暦年代(Ep.05は学生証に「平成24年(2012年)」という記述がある。とらのあな特典では2015年、メロンブックス特典では1995年)をモデルにしたセットが形成されており、客はユーザーマニュアルの範囲内で、タウン内の学校や施設を行き来し、AD社製チャイルドナー(子供型生体)と交流することが出来る。映画「ウエストランド」的。その「交流」にはレイプも含まれており、栗栖やケイは、性行為を目的にAD街に遊びにきている。設定されている学校は、月渓女学院小学校や区立南朝布小学校など。西暦年代らしく、日本人設定の生体は「姓+名」の名前を与えられる。とらのあな小冊子によれば、一定期間"使用"されたチャイルドナーは"修復"される。

「彼女」/クオン(kuon):HerPeace、Ep05、Ep06
/エイルの児童館における同期にあたる生体。年齢不詳。あらゆる特殊調整がなされた最高級生体と言われる。Ep5の最後の1ページで登場するが、たった1ページ、1セリフにも関わらず非常に存在感がある。Ep5では月渓女学院(月卿女学院)の制服に身を包んでいる。


※2.精液は食物と成りうるか?
作中に登場する精液を食物とする描写ですが、これが気になり、WHO(世界保健機構)の文書や学会誌掲載の論文を用いて、精液のカロリー計算を行ってみました。
詳しくは拙稿「精液のカロリーについて」をご覧いただくとして、結論だけ申しますと1mlあたり概ね0.23kcalが見込まれます。
作中においてYouni(ヨウニー)が食用にもちいていた精液の量を概算すると、15cm×20cmくらいの耐熱皿に2cmくらいの厚さの精液がございましたから、600mlとなります。すると138kcal。
カロリー的には少量ですが、精液の主成分はたんぱく質ですので、600mlとして30.2gのたんぱく質を摂取できます。
厚生労働省の現行版「日本人の食事摂取基準」によれば、成人女性のたんぱく質の推定平均必要量は40g/日であり(p.8)、ほぼその精液だけで1日分に近いたんぱく質が摂取できることになります。
すると、1食分として考えれば、分けて食べるのが適切であり、Ko(コウ)と分け合って食べるという作中の描写は妥当なものです。
とはいえ、現実世界ではこんなに精液が出るということは観念できず(平均射精量は1回3.4ml)、
あくまでも「精液が貴重なタンパク源たりえる」のは、強化睾丸などの存在する作中世界ならではの事情と申せましょう。


※3.ヨウニーの死について
登場人物のところで、「おそらくヨウニーは死亡している」旨を書きましたが、これについて詳説いたします。
論拠となるのは、単行本P.220~221の「teardrop」動画一覧と、P.88の「あのサークル」による絞殺の噂、
P.177の我吃飽了の男たち」によるレイプシーン、P.189のコウの発言「もう2ヶ月になるかな…」、
そしてP.121の「我吃飽了の男たち」打ち合わせにおける「TearDrop」の画面表記の5点です。

まずEp01においてヨウニ−は我吃飽了の男たち」にレイプされますが、
p.220の「teardrop」動画一覧を見るとこの動画は、下から2列目右端に「Jan(January,1月)Tour」としてアップロードされています。

一方、Ep04において、エイルに匿われたユルカはV葉の商店街を巡っている最中、
我吃飽了の男たち」の関係者に目撃されますが、その捕捉情報はすぐにチバのところに届いています。
これがp.177のシーンですが、ここでのレイプ被害者の顔を覚えておいてください。
覚えたまま、動画一覧のp.221をみると一番下の列、左端に「Feb(Feburary,2月)Tour」として当該被害者の画像が上がっていることが分かります。

したがって年数は不明ながら、ヨウニーがレイプされたのが1月、ユルカが目撃されたのは2月、ということになります。

そして、この動画一覧はp.224の通り、ユルカが目撃された時よりも後、エイルがユルカとシーナを匿った後のものです。
従ってこの時点で、ユルカ・シーナ側の時系列、
つまり、シーナの誘拐未遂事件→ユルカ・シーナの逃亡→V葉でのユルカ目撃(同時期にFebTour動画の撮影)→FebTour動画の投稿→動画一覧、という時系列は確定します。

ただし、ヨウニーがレイプ被害を受けた時期と、ユルカ・シーナの話との時期・期間の関係は明示されておらず、
ヨウニー・コウ側の時系列とユルカ・シーナ側の時系列との関係がいまだ不明です。
しかし、p.189のコウのユルカに対する発言がこれを繋いでいます。

ここでコウは、目撃された直後のユルカに対し、
自らがC葉出身であること、約2ヶ月前にC葉からV葉のエイル邸に流れ着いたことを語ります。
つまりコウは何らかの事情で、約2ヶ月前、12月か1月に、C葉を出てV葉に降りてきたことが明らかとなります。
そして、これを1月と考えると、全てのつじつまが合うことになります。

すなわち、1月:ヨウニーのレイプ被害(JanTour動画の撮影)→2月:シーナの誘拐未遂事件という流れです。
でも、1月も2月も年数表記されていないのだし、別の時系列もありうるのでは?という解釈の余地は未だ存在しています。

これを埋めるのがEp.03冒頭の「TearDrop」の画面表記(p.121,122)です。
ここでは「我吃飽了の男たち」が謀議をめぐらしながら画面を見ていますが、
現在計画されているツアー(STUDY TOUR項目のJOIN欄)にはFeb Tourの文字があります。
ここで計画されているツアーこそがシーナの誘拐計画ですが、シーナの誘拐は2月に予定されていたのです。

そしてご注目いただきたいのは、その下のSTUDY TOUR項目LIVE欄。
下のARCHIVE欄の説明文がRecord of Past Tour(過去のツアーの記録)と書いてありますので、LIVE欄には最も新しいツアー動画が表示される様です。
そして、そこに表示される最新のツアー動画名こそが「Jan Tour -Youni(1月ツアー -ヨウニー)」です。
つまり、これにより1月:ヨウニーのレイプ被害(Jan Tour)→2月:シーナの誘拐未遂事件(当初のFeb Tour)という時系列は確定されます。
2つの事件は同じ年の1月・2月に起きたのです。

「Teardrop」画面表記右上のThe time now(現在時間)はFri Feb4, 1125, 2:35pm(1125年2月4日金曜 午後2時35分)ですから、
ヨウニーのレイプが1月1日とすれば、その間、最大で35日。
そして、この前後の犯人の会話によるとシーナの誘拐計画は「明日」決行とされていますから、Feb Tourの当初の予定は2月5日だということが分かります。
しかし、シーナの逃亡によりツアー計画は破綻。
計画の練り直しを要することになり、2月末または3月頭くらいにFeb Tourの時期(それは、同時にコウとユルカが出会う時期でもあります)がずれ込むことになったと考えられ、
すると、コウの「(C葉から出てきて)2ヶ月くらいになる」という発言は全く整合的なものであるということが出来ます。
p.162のニュース報道は、シーナの誘拐未遂事件(2月5日)を「先月おきた」と報じておりますので、おそらくはFebTourは3月にずれ込んでしまったのでしょう。

そして、最後のピースとなる「あのサークル」による絞殺の噂(p.88)。
前ページ(p.87)のユルカの日記によると、この噂に関する会話がなされたのは2月3日です。
この噂は「あのサークル」、すなわち「我吃飽了の男たち」の最新の動向に関するものですが、
2月3日は、Jan Tour後・Feb Tour前の日にちですので、
ここで語られる最新の事件(「例の事件」)とはヨウニーがレイプされたJan Tourのことであることが明らかになります。

つまりは、ヨウニーは何者かによって、レイプ現場のほど近くで殺害されたのです。
これは噂話のなかの「いつもの落書きがあった」(p.88)という発言からも明らかです。

この殺人犯を考えてみると、「我吃飽了の男たち」はp.76の様に既に上部階層へ撤収済みですので犯人ではありません。
そして、レイプ現場で(この時点では生存している)ヨウニーを目撃したのは、Ep01のラストの通り、コウ本人です。

Ep.01はコウが泣きながらヨウニーを拘束する縄に触れ、ヨウニーの声が途絶するという終わり方をしますが、
これは廃人化したヨウニーをコウが解放してやったのか、あるいは。
詳細は不明ですが、犯人ではないかもしれぬにせよ、何らかの形でヨウニーの死にコウが関わっていたことは間違いないでしょう。

すると、ユルカと出会った際のコウのやつれた表情も頷けるというものです。

4.作中の時系列(指輪を中心に)

これまでの作品内で明らかになっている時系列について、指輪を中心に書き出します。
年代は1124年から1125年にかけて。

この"1125年"の初出はp.121の「画面表記」ですが、何の暦によるものなのか、気になるところです。
作中には「A.D.末期」(p.128)という発言がありますので、少なくともA.D.(西暦)終了後の新しい暦であることは間違いありません。
→5月23日追記:Ep.07で「A.S」という暦である事が明らかにされました。(LO2017年7月号 p.72)

またEp.00の登場人物の格好が冬のそれであり、そして次の休みが「来年」(p,21)の「春休み」(p.22)と言われていることから、年末に冬が来ていることがわかります。
つまり季節の流れは春夏秋冬。
舞台設定が地球である限り、またポールシフトでも起きていない限り、
そして現行太陽暦(グレゴリオ暦)による暦年表示であるかぎり、
北半球が舞台であることが明らかです(南半球ならば秋冬春夏)。

さて、時系列です。指輪の占有者変遷を中心に。
便宜的に本編は「丸に数字」で、描き下ろしは「塗りつぶし黒四角」で表示いたします。

ここでは単行本発売までの公開エピソード(LO2017年4月号掲載のEp.05まで)を記載しておりますが、
その後のエピソード(雑誌掲載分)の時系列・ネタバレについては、本記事の下記、「Ep.06 κυωνについて」以降をご覧ください。

◆1123年頃:描き下ろしエピソード「Vault」及び「Market」
 8歳の時から義父に近親姦を強要されてきたシーナだが、10歳のころ、これが発覚(Vault冒頭 p.197)。
 高級官僚の義父は立件(刑事訴追)され、シーナはシティから下部階層へと落とされる(p.150)。
 その後、生体商品として市場に出品されていたところを「ドールハウス」のバイヤーに目を付けられ、購入される(Market)。
①1124年冬(たぶん12月31日) :Ep.00:エミーとリン
 エミーとリンがパートナー契約を交わし、パートナー登録を行う。
 指輪にもアカウント登録を行うが、17時以降に指輪を下部階層へと落としてしまう(p.22)。
②1125年1月(たぶん1月1日):Ep.01:ヨウニーとコウ
 ヨウニーが指輪を見つける。(p.26)
 約「1時間」後(p.36)、コウがヨウニーに指輪のパートナー登録が「16時間前」であり「アカウントが生きていた」ことを伝える(p.37)。
 コウとヨウニーは別行動をとり、コウがA葉の福祉ATMで現金を引き出すことにする(p.40、41)。
 しかし、ヨウニーは我吃飽了の男たち」に踏み込まれ、陵辱されてしまう。
③1125年1月(たぶん1月2日):Ep.01:ヨウニーとコウ
 コウは現金を引き出すものの、役所が開き、アカウント偽装が発覚する危険が生じる8時を過ぎてもヨウニーと合流できない(p.61)。
 そのうちに自治警察に看破され、A10警察署へ連行される。この際、指輪も押収されたものと考えられる。
 コウは釈放される(p.76)ものの、C葉にもどると、陵辱され廃人と化したヨウニ−を目の当たりにする。
 ヨウニー死亡(日にちは不明)。
◆この間に「teardrop」へ「Jan Tour - Youni 10yo(ヨウニーの陵辱動画)」が投稿。
④1125年2月3日:Ep.02:ユルカ
 この日3人目の客となる「木村さん」(p.87)からEp.02冒頭の通りシティ製の指輪をもらう。
 木村は「見回りのついで」に来ており、見回りを仕事とする職業=警察官(自治警察の職員)であると思われる。
 すると、ここでユルカがもらった指輪こそ、コウがEp.01で自治警察に押収された指輪であろう。
 ユルカは同僚のミクとのお茶時に我吃飽了の男たち」が絞殺したという噂を聞く。
 4人目の客は「タキさん」。濃厚なセックス。25時、定時で上がり。
⑤1125年2月4日:Ep.03:シーナ
 Ep.03冒頭。我吃飽了の男たち」の共同謀議。
 シーナの接客シーン。接客後、自室で指輪に関する本の記述を読んでいる(p.127)。
 いわく「滅多に手に入らない」ラッキーアイテムなのだそう。
 シーナとユルカがスタッフルームに呼び出され、「明日の夜」の予約の説明を受ける(p.128 上3コマ目まで)。
⑥1125年2月5日:Ep.03:シーナ
 大浴場脇の脱衣洗面所(p.213 地図参照)。シーナはユルカの持ち物のなかに指輪がある事に気がつく(p.128下1コマからp.129)。
 予約客との3P(二輪車)。時には百合もある。
 しかし予約客は我吃飽了の男たち」の拉致実行役であり、シーナが誘拐されそうになる。
 ユルカは実行役を殺害してシーナを救い(p.154,162報道)、シーナはユルカと共に逃亡する。
 以降、指輪の描写は確認できませんが、上記のシーナの「気づき」から言って、シーナかユルカが持ち出している可能性は高いものと思われます。
⑦1125年2月末または3月初頭:Ep.04:エイル
 公共交通機関を使わず、街娼で日銭を稼ぎながら逃亡を続けるシーナとユルカ。
 V葉の食料品店でのトラブルの後、両性体のエイルに保護される。
 エイルの言いつけで買い出しに出たユルカは我吃飽了の男たち」に目撃されるが、コウと出会う。
 一方、シーナはエイルとエッチ(和姦)。精管をバイパスし、「無限に性欲がわいてくる」(p.178)エイルと、くたくたになるまで致す。
 我吃飽了の男たち」はFebTourの陵辱を行っている。
◆この間に「teardrop」に「Feb Tour - Aria 9yo」が投稿される。
◆1125年3月頃:描き下ろしエピソード「HerPeace」
 「児童館」での「彼女」との出会いから、独立して自宅を構えるまで。エイルの生体としての生い立ちが語られる。
 エイルは、寝入ったシーナとユルカを尻目に、「teardrop」に投稿された動画、MSD(Alice, MySlaveDaughter アリス、わが奴隷娘)シリーズの総集編をみながらオナニーに励んでいる。
⑧1125年4月頃:Ep.05:A.D.town user's guide
 栗栖とその友人ケイの「AD街」における遊興が描かれる。
 また「とらのあな小冊子」ではA.D.town 2015、「メロンブックス小冊子」ではA.D.town 1995が描写されている。
 とらは強姦、メロンは和姦。
 Ep.05におけるケイと友人の会話では、我吃飽了の男たち」がV葉へ「潜り込んだ」こと、シーナが「惜しかった」こと、エイルが「気の毒」なこと、の3点が語られるが、詳細不明。
 そして、最終頁に「彼女」が現れる。ああ、カーテンフォール。


5.Ep.06 κυων(ギリシア文字でkuon)について

κ(カッパ)、υ(イプシロン)、ω(オメガ)、ν(ニュー)。κυων(クオン)。
単行本でその存在が語られ、Ep.05で姿を現し、そして今回より本格参入の「彼女」の名前です。
正確には、υ(イプシロン)に発音記号アキュート・アクセント(上の点)が付されております。

アキュート・アクセントはその文字にアクセントが置かれることを指し示しますが、
その発音でいけば、日本語で言う「く」おん(久遠)に近い読み方となりそうです。
(ない場合だと、ωにアクセントが置かれ、く「お」ん(九音)に近い読みとなる)

今回のエピソードでは、クオンに出会った栗栖・ケイの顛末と、
V葉のエイル邸に居る四人、シーナ・ユルカ・エイル・コウの様子が描かれました。

そして、何より重要なのは、シーナの正体・出自が明かされたこと。
物語上はじめて、明確に、シーナが人間であることが言及されました。

シーナが市民(Citizen)であったころの識別番号(C-ID)は3243-00236988。
彼女の本名は千葉ありす(Chiba Alice)と言います。

シーナが上層出身の人間であり、父親に近親姦を強要され、これが発覚して下層に落とされたということは、これまでのエピソードを読み解くことで抽出可能な事実でしたが、
Ep.06では、これに加えて、シーナ(千葉ありす)とは何者なのかが、黙示的に明らかとなります。

これを指し示す、Teardropの設立趣意書を読んでいきましょう。
COMIC LO 2017年6月号 p.247、クオンによるTeardropハッキングシーンの背景英文です。
一部文字切れがありますが、これを想像で補足し、翻訳すると以下の様なものとなりました。

“teardrop” 設立趣意書

かつて人々は、この超巨大構造物を造り、自らを守るため避難しました。
そして人類は、長い痛みの時間を耐え抜き、再び安定した生活を取り戻したのです。
この解放に際して、「DONOR」をはじめとした技術革新が大きな貢献を果たしたことは、疑いようのない事実です。

しかし、この安定した生活と引き換えに、人々は重要なものを失ってしまいました。

市民は、知らず知らずのうちに去勢されてしまったのです。

私たちは忘れてはなりません。
ヒトに内在する欲求を。
全ての側面において人間性を取り戻すことを。
市民は何者にも支配されない、ということを。

千葉氏による著名な論稿は、人間性の復活と改革に関する計画を詳述しています。

…人間の児童奴隷に関する潜在的な市場調査と、奴隷制度改革への道。

私たちはどのようにして人間社会から階級制を取り除いてきたのでしょうか?
これを知るためには、まず私たちの歩みを遡る必要があります。

なぜDONORが生み出されたのか、覚えていますか?

ここで明らかになるのは、teardropが、実際に行っていることはともかくとして、設立趣意としては人間性の回復のために活動しているということです。
クオンによるハックシーンでは、「我吃飽了の男たち」が行っているMST(Monthly Study Tour)が管理者画面に表示されており、
彼らによる「人間を標的としたレイプ」も、まさしく「人間性の回復」活動の実践(Study)のために行われているものと思料されます。

そして管理者画面や設立趣意書に登場する、千葉テンガイ(Tengai Chiba)なる人物の存在。
彼は「人間性の復活と改革に関する計画」を訴えたとありますが、
管理者画面に「Memorial(記念、または追悼)」とある通り、何らかの事情により、死去したか、社会的生命を抹殺されたことが伺えます。
それもそのはず、その下の「Alice Chiba」の項目を読むと、彼こそが千葉ありす=シーナの親であることが判明します。
彼こそがシティの高級官僚にして、シーナの父、teardrop設立の原動力となった人物だったのです。

これまでシーナは、Ep.03にて「8歳で手をつけ」られたことが語られておりましたが、
Ep.06は、その「手をつけられる」直前のシーナ(千葉ありす)を映して終幕となります。
ムービークリップの名前は「MSD Alice Birthday」。
千葉ありす、8歳の誕生日の映像です。

ここからMSD(My Slave Daughter)シリーズがはじまり、teardropがはじまる。
物語はいよいよ佳境に入って参りました。

〈5-1.Ep.06の時系列〉

⑨1125年5月はじめ頃
 栗栖とケイは、「彼女」ことクオンの誘いに応じ、彼女と交わる。
 クオンは二人を籠絡し、栗栖からエイルの生体識別番号(Donor ID D-ID)とteardropの管理者パスワードを聞き出すことに成功する。
 栗栖は、クオンの催淫効果ある体液により勃起がおさまらず、ひたすらクオンに征服されるままとなる。テクノブレイク。
⑩1125年5月5日
 クオンは栗栖から聞き出した管理者(Administrators)パスワードを用いて、teardropに管理者ログインする。
 管理者メニュー>設立趣意書(Prospectus)>Human child slaveメニュー>2,Material Bodyの順に入る。
 そして「Alice Chiba 10yo」(千葉ありす、シーナ)の頁に辿り着く。
⑪1125年3月以降(現時点では時系列不明)
 V葉エイル邸での四人の共同生活が描かれる。
 シーナが⑥で持ち出した指輪を、トイレに隠れていじっていると、ユルカの声。
 これに驚いて指輪をはめると、視界にインターフェイスが浮かび上がり、シーナはびっくりして素っ頓狂な声をあげる。
 そのままトイレを出ると、指輪を持ち出していたことがユルカに発覚。
 いさかいの最中、シーナは初潮を迎える(股から血が流れてくる描写)。
 その様子をみてコウはシーナが人間であることを確信する。
 夜。エイルとユルカ、コウの三人は、teardropにユーザーログインし、シティの住民であったころのシーナ(千葉ありす)の映像を見る。

〈5-2.作中世界、世界観追加〉

・シティの市民(Citizen)にはその個別認証番号(市民ID)C-IDが割り振られる、市民権が剥奪された者はC-IDも抹消される。一方、ドナー(生体、Donor)にも生体識別番号D-IDが割り振られる。現状のところ、下部階層の人間についてはID保有の描写は見受けられない。
・「指輪」は人間がはめると、AR(拡張現実)デバイスとして機能する。
 Ep.06 p.228(LO 17年6月号)をみると、「自分の体温、脈拍、最高血圧/最低血圧」を示す右の円ウインドウ、「現在位置(V20葉)、温度(24℃)、湿度(56℃)」を示す左下の四角ウインドウ、「視界に映った相手(今回はユルカ)の識別番号、名称、年齢、製造社(生体の場合)等のID情報」を示す左上の四角ウインドウ、同じく「視界に映った相手の体温、脈拍、最高血圧/最低血圧」を示す中央ウインドウが表示されており、右上には指輪所持者のアカウント情報が表示されている。
・Ep.06 p.216(LO 17年6月号)のケイの視界やp.235の栗栖の視界をみると、市民ID保持者には、生体識別番号D-IDの検索権限がある様であり、この権限を有さない「ドナー」であるクオンは、栗栖を介して、エイルの番号検索を行なわせている。この検索もARデバイスから可能な模様。

〈5-3.Ep.06の感想〉

今回のエピソードにより、「HerPeace」でなぜエイルがMSD総集編を見てうっとりしていたのか、Ep.03の誘拐実行役がなぜシーナの「大ファン」と称し、「破瓜の日からお尻のシワの数まで知っている」のかが明らかとなりました。
すべてはteardrop、なかんづくMSDシリーズにあったのです。

teardropの目的が明かされ、シーナの正体が明かされる。
徐々に見えつつある作品世界の全容ですが、「我吃飽了の男たち」のリーダー・千葉と、千葉ありす(シーナ)、千葉てんがい親子との関係など、未解明の謎も残されています。
これがどう動くのか。次回はLO 7月号(5月20日発売)に掲載予定とのことでした。


6.Ep.07 Alice について

ありす、それはシーナの本当の名前。
エピソード6で明かされた真実は、今回のエピソードにおいて、更なる展開を見せています。

エピソード7では三つの時間が織り込まれ、
如何にして「千葉ありす」が「シーナ」となったのか、
登場人物の過去が物語られました。

描かれたのは三つの断章。
千葉家のクロニクルです。

<6-1. Ep.07の時系列>

1119年前後:Ep.07:Alice(LO2017年7月号 p.69〜p.71)
 経済省の高級官僚・千葉天涯によるウェブ・フォーラム「TCE」の創設。
 TCEにはマニュアル「ラブ・ライフ」が備え置かれ、人間の子供の性機能開発についての指針を示した。
 Ep.07冒頭では、「ラブ・ライフ」にもとづいた試行(PRACTICE)として、小学校入学当時の千葉ありす(シーナ)への薬物投与とアナル調教が描かれる。
1121年〜1123年9月:Ep.07:Alice(LO2017年7月号 p.72〜p.85)
 1121年、千葉ありす(シーナ)、8歳の誕生日。
 誕生日を機に、ありすは父・天涯と性行為(膣性交)を行う様になる。
 性交渉は、ありすの叔父・天真(「我吃飽了の男たち」のリーダー・千葉)やTCEメンバーをも混じえて行なわれる様になり、その様子を撮影したMSDシリーズは、「ラブ・ライフ」やTCEの広告塔としての役割を果たしてゆく。
 いつしか、TCE上ではMSDシリーズのフォロワーによる実証例が数多く投稿されるようになっていった。
 LO2017年7月号、84p・85pの見開き(作中時:1123年9月20日)では実に152ウェブページに及ぶ投稿が確認される。
 栗栖・ケイのACLRシリーズの投稿も確認できる。
1123年10月:Ep.07:Alice(LO2017年7月号 p.86以降)
 「ラブ・ライフ」の実証例とは、すなわち近親相姦事案に他ならない。
 事態を重く見た安全保障省は、千葉天涯の立件に向けて動き出す。
 天涯はシティの高級ホテルの一室に追い詰められ、ファイル「paper_process」を天真に送信した後、拳銃自殺を遂げる。
 一方、天真はありすを伴って、天涯と別行動をとっており、捜査の手を逃れていた。
 和装での性交渉。
 天真はありすの記憶を消し、シーナとしての記憶を与え、彼女を送り出す。
 TCEのデリート、TearDropの立ち上げ。


<6-2. 登場人物等、設定考察の追加>

千葉天涯(ちばてんがい):Ep03、Vault、Ep06(いずれも言及のみ)、Ep07
/経済省(Ministry of Economics)の高級官僚。Ep07での報道(LO2017年7月号 p.94)によれば、法案作成につき卓越した才能を持つ人物として知られていた。千葉ありす(シーナ)の父にして、物語の元凶。「人間性の回復」を旗印にダークフォーラム「TCE」を創設し、シーナの調教動画をMSDシリーズとして投稿。多くの近親姦事例(ヒトに対する性交渉犯罪)を誘発した。密告により正体が露見し、安全保障省(Ministry of Security)の捜査を受ける直前に拳銃自殺、搬送先の病院で死亡が確認された。享年85歳。歳を考えると天涯自身もFIX-Oをしていた可能性がある。

千葉天真(ちばてんしん):Ep07
/千葉天涯の弟。我吃飽了の男たち(仮称)の主宰者・チバの正体。兄・天涯に、ヒトの性機能開発に関するアイデアを提供し、それは姪・ありすの調教という形で実証された。兄の立件に際しては、ありすを伴って別行動をとる。ありすの記憶を改ざんし、シーナとして世に送り出した。その後、兄の意思を継いでダークフォーラム「TearDrop」を立ち上げる(p.94のTCE Shelter(避難所)のアカウントTNS≒てんしん)。お面も兄から引き継いだ。

TearDrop(前身のTCEについても記す):Ep03、Ep04、HerPeace、Ep06、Ep07
/検索エンジンからはアクセスの出来ない、Dark Web上に存在するウェブサイト(ダークフォーラム)。ドナーのみならず、ヒトのレイプ動画もアップロードされている。現実のダークウェブ・ディープウェブと同じく、匿名性が高く、利用者の特定が困難(特定できない訳ではない)。現在確認されている管理権限保有者はチバ、栗栖。ユーザーとしてはエイルなど。千葉天涯の立ち上げたTCE(The Childonor Experiment)を前身としており、天涯の立件と前後して、TCEが消去された数日後、天真によって立ち上げられた。天涯の掲げた「人間性の回復」を設立趣意としている。またEp06掲載の設立趣意書で言及された「千葉氏による著名な論稿」とはマニュアル「ラブ・ライフ」のことであると考えられる。


※千葉ありすの記憶操作、又はアリスは如何にしてシーナとなったのか
 
 時系列に「天真はありすの記憶を消し、シーナとしての記憶を与え、彼女を送り出す」と書きましたが、これはどういう意味か、補足いたします。
 Ep.07を読んでいると、この話中で、「アリス」が「シーナ」となっていく様子が黙示的に語られているのです。

 まず当初の会話をみてみましょう。
 LO2017年7月号 p.73、学校でのありすと天真の会話を見ると、ありすは天真のことを「叔父さん」と呼び、天真も「ありす」と呼んでいます。
 一方、天涯の事件の後の、二人の会話ではどうでしょうか。p.92、p.93です。
 ここでは、ありすは天真のことを「おにいさん」と呼び、天真はこれに「シーナ」と応じているのです。

 そして、この「おにいさん」にはわざわざ圏点(強調点)まで付されている。
 こういった事情を鑑みると、これは誤植などではなく、しっかりとした演出意図でもって、この呼び方にしている事が明らかと言えます。

 つまりは、千葉ありすは記憶を改ざんされ、天真を「叔父」と認識できない状況にある。
 そして、ありすを「シーナ」と呼び、送り出した後の天真の表情(p.94)。
 動機は不明ですが、何らかの事情があることは間違い無さそうです。
 (→但し、下層にまで行ってしまうとは考えていなかった様で、
   Ep.9には「市場に流れてしもた時には死ぬほど焦った」という発言が出てきます)

 そう考えれば、Ep.07で描かれた性的に奔放なアリスと、Ep.03のまるでおぼこ娘の様なシーナの差異もうなずけるというものです。
 また、一旦はシーナとして送り出したアリスを、天真は「Feb Tour」でなぜ取り戻そうとしたのか。

 それが兄の指示だったのか、あるいは天真の独断だったのか。
 兄・天涯は死に際して、娘の写真を眺め(p.86)、
 一人シティに残った天真の机上には、兄から託されたお面が残るのみなのでした。


※Tips

・千葉ありすの小学校時代の描写(自由研究の課題)として登場する「レトロウイルスをベクターにするってやつ」(p.72)について
 おそらく医療分野で研究が進んでいる、ウイルスの病原性を取り除いて家畜化、ベクター(運搬屋)化する手段のことを指しているものと思われます。この手法の目的は、外来遺伝子の導入、つまりは遺伝子工学の実践。それが小学校レベルの基礎知識とされているあたり、TearDrop設立趣意書でも触れられている通り、作中世界が極度の環境インシデントに見舞われた事の傍証となりそうです。

・千葉ありすの同級生について
 容貌、髪型といい、制服といい、エピソード0のエミーではないかと思われます。作中現在でのエミーの歳は12歳。すると、シーナ(ありす)と同級というのも頷けます。

・千葉のお面について
 通常、お面というとゴムバンドで止めるイメージがあり、作中でも実際その通り(単行本 p.44ほか)なのですが、千葉家のお面については、なぜかプラグ付き。このプラグは一体…。
→H29.7.24追記
コメント欄にて「よっしー」様から言及をいただいておりましたが、千葉のお面には人工音声(合成音声)の出力装置が内蔵されているものと思われます。
単行本P.63左上のコマの様に、このお面を被っている時、千葉は唇を動かさずに言葉を発しており、
脳波のトレースなどの手段をもって、お面を介して、人工音声を発しているのではないか、と読み取ることが可能です。
そして、ここで言うプラグ形状のものは、脳波を捉えるセンサーの様なものなのではないか、と考えられます。
これを前提として本を読み返してみると、推測を裏付ける様に、お面を被っている時と被っていないときでは、台詞枠のデザインが異なることが見て取れます。
すなわち、
単行本P.63の様に、お面を被っている際のチバの台詞枠(吹き出し)にはアトランダムな凸凹が一貫して設けられている一方で、
Ep.07のp.89の様に、チバが肉声で話している際には、彼の台詞枠はシャギーの無い、フラットな輪郭の吹き出しとなっているのです。
ただし、作画の都合か何らかの事情があるのか、
Ep.07のp.79の天涯(チバ兄)によるセリフ枠は、お面を被っているにも関わらず規則性あるデザインであり、法則から外れています。


7.Ep.08 teardrop 1 について

回想が終わり、時系列は本筋へと帰還する。

A.S.1125年5月6日。
物語は終局へ向けて動き始めました。


〈7−1.Ep.08の時系列〉

⑪の続き 1125年3月以降(具体的な日時は不明だが、恐らく5月5日):(LO2017年8月号 p,121〜p.122)
 夜。エイルとユルカ、コウの三人は、teardropにログインし、千葉ありす(シーナ)の動画を見る。
 映写されるハードな調教。
 ユルカの述懐「ねえ 私達(ドナー)ってなんのためにいるの?」彼女は涙を流す。
⑫1125年5月5日:(LO2017年8月号 p.122の上2コマ)
 同じ頃、クオンは栗栖の通信回線を用いて、teardropへ侵入している。(上から一コマ目)
 「我吃飽了の男たち(仮称)」はシーナ回収に向け、下層へと動き出す。(上から二コマ目)
⑬1125年5月6日:(LO2017年8月号 p.124〜p.125、p.128〜p.129)
 エイル邸。午前9時13分。
 警防会費の徴収に対応するエイルのもとに一通のメールが届く。
 送信元はAnoymous(匿名)。
 しかし、宛先がエイルのD-IDとなっており、件名が「♡ティアドロップ情報♡」となっていることから、⑩の通り、送り主はクオンと考えられる。
 送られたデータを元に人物照合を行うと、「警防会の新人君達」としてエイル邸を訪れている二人は、teardropからの追っ手(「我吃飽了の男たち(仮称)」)だということが明らかとなった。
 エイルはシーナ達を逃すことを決意する。
 時は経過し、午前9時27分。
 エイルはシーナ達を逃すことに成功するが、自らはteardropの追っ手に捕らえられる。
 警防会の隊員一名が血まみれで転がっている。
 エイルは「責任とってもらおう」と言われ、追っ手にレイプされる。
 クオンからのメール「じゃあ後で 無事でいてね」
⑭1125年5月6日:(LO2017年8月号 p.126〜127)
 一方、エイル邸からの脱出に成功したシーナ、ユルカ、コウ。
 水路に突き当たった3人は、上流と下流に分かれて移動することにする。
 別れに際して、ユルカはシーナに「指輪」を託す。
⑮1125年5月6日:(LO2017年8月号 p.128〜p.131、p134〜p.148)
 下流へと探索に向かったユルカは、teardropの追っ手(「我吃飽了の男たち(仮称)」)の「おっくん」と「キヤ」に捕らえられる。
 「おっくん(おくむら)」は男性、「キヤ」は両性具有者であった。
 ユルカは両手を縛られ、イマラチオをさせられ、薬を盛られる。
 そして、二人に徹底的に弄ばされる。時には「キヤ」を真ん中に三連結。
 それはユルカが脱肛するほどの激しさであった。
⑯1125年5月6日:(LO2017年8月号 p.129、p132〜p.133、p.140、p.148)
 上流へと探索に向かったシーナとコウは、無事リフトに辿り着く。
 「指輪」の拡張現実機能を用いて、リフト電源を操作するシーナ。
 「指輪」を見てヨウニ―を思い出し、泣き崩れるコウ。シーナはコウを優しく抱きしめる。
 動き始めるリフト。しかし、リフトから降り立ったのは、他ならぬチバ(千葉天真)達であった。


<7−2.設定考察の追加>

・上層と下層の食糧事情について
LO2017年8月号 p.130では、「キヤ」が生体玉を食べる描写が登場します。
生体玉は単行本p.162やp.201でも登場する、廃棄ドナー(生体)を食肉加工した物体です。
「キヤ」が生体玉を評していわく「高い金出してこんなまずいものしか食べられないなんて」。
生体玉が主要な食物として流通している下層とは異なり、上層(シティ)では、異なる食料環境であることが伺えます。
生体玉は一箱で¥7,980。上層の廉価ドナー(単行本 p.196のMIAは¥17,360)の半分近い価格です。
これが「高い」となると上層と下層の間の¥(円)為替レートは、ほぼイコールと考えられます。

・「表現型」とドナーの実態
「キヤ」らによるユルカのレイプは、彼女たちの側の事情が語られ、エロスのみならず物語的にも情報量の多いシーンです。
なかでもLO2017年8月号 p.147。
「君ら(ドナー)も表現型だけじゃなくてさ…全部ボクらと同じならよかったのにね」という台詞は、ドナーが何者なのか、物語上はじめて明示的に語られており、興味深いセリフです。
「表現型(ひょうげんがた、phenotype)」とは、バイオテクノロジー分野で用いられる用語で、ブリタニカ国際大百科によれば「生物が示す外見上の形態的、生理的形態」と定義されます。
「遺伝子型(いでんしがた、genotype)」の対概念であり、ここでいう遺伝子型とは「生物がもっている遺伝子の基本構成」と定義されます。
ざっくり言えば、遺伝子型が「中身」、表現型が「外見」と申せましょうか。
同じ生物であれば遺伝子型は同じですが、表現型は異なる場合がある。
逆に表現型が同じであるとしても、遺伝子型まで同じとは限らない。
どれだけヒトの似姿をまとった生物だとしても、生体(ドナー)は遺伝子的にはヒト(人間)ではない。
考察2「生体について」において、
生体とは「遺伝子工学により人工的に作り込まれ、設計された人間型の有機生命体」ではないかと推察しましたが、
この作中セリフからすれば、ほぼこの定義で問題無さそうです。

・「アーク」について
LO2017年8月号 p.141の「どのアークも同じだった」という台詞、こちらも興味深い台詞です。
ここでいう「アーク」とは、何か。
おそらく「Ark」、古くは「ノアの箱船」、現代的には「安全な避難所」を意味する単語だと思われます。
Ep.06の”teardrop”設立趣意書にある通り、作中世界の歴史では何からのインシデントにより、人類は超巨大建造物を造り、その中へと避難してきました。
おそらく、その避難所となった超巨大建造物は、作中の「シティ」のみならず、他にも存在するのでしょう。
しかし、どの「アーク(避難所)」においても「生きる場所がない」人間が存在した(p.141)。
その「生きる場所がない」原因とは何か、「愛らしい子供の姿のまま…」(p.142)というロリータ・コンプレックスそのものなのか、設立趣意書で言及された「人間性の回復」によるものなのか。
その射程は判然としませんが、「救い」とも「天使の鋳型」とも言及されるシーナ、彼女がその鍵であることには変わりありません。


8.Ep.09 teardrop 2 について

A.S.1125年5月6日は続く。
18ヶ月の時を経て、叔父と姪は再会し、物語は極相へと向かいはじめる。

単行本発売から4ヶ月。
雑誌掲載分のエピソードは五つ、ページ数にして142pを数え、
単行本一冊(Implicity第一巻の分量は全224p)の収録ページ数に近づいてまいりました。

織りなされた人間関係のタピストリはその全容を見せつつあり、
おそらく本編は、残り3エピソード前後でクライマックスを迎えるのではないか、と思われます。

〈8−1.Ep.09の時系列〉

 ⑰1125年5月6日:(LO2017年9月号:p.369〜p.371)
 A葉。teardropメンバーの会合。
 会場では、会員達がアリス(シーナ)の帰還を、今か今かと待ちわびている。
 余興として開催されるTDP45 - SQUIRTING CONTEST(潮吹き競争)。
 「街中にいた子ォら」(p.374)を集めて、生体遊戯が行われている。
 p.369の少女型生体の内股に刻印された二次元バーコード周辺を見ると、
 ステージ上に配置された生体は、AD社製のドナーであり、「4」から始まるIDからも、それが伺える。
 "under found smocked effective factory"という謎の文字列。
 p.378の台詞で言及されている「工場(ファクトリー)」の正式名称と思しい。
 ↓
 ⑱1125年5月6日:(LO2017年9月号:p.372〜p.389)
 V層リフトのエレベーターホール。
 抵抗虚しく、チバ達に取り押さえられるシーナとコウ。
 二人は確保され、ホール脇の事務室へと連行される。
 チバにシーナに「今 解いたるからよう聞き」とささやきかけ、シーナに施した記憶操作(暗示)を解除する。
 ユルカもキヤ達に囚らえられ、事務室へと連れ込まれる。
 シーナとユルカが捕まったことで、コウは用済みとなり、チバ達はコウの殺害を決意する。
 コウが薬物注射で殺害されようという、まさにその時、シーナは「千葉ありす」としての記憶を取り戻し、チバに「叔父さん?」と呼びかける。
 そこには、生娘めいたシーナの姿は既に無く、性的に奔放な「千葉ありす」の姿があるのであった。
 妖艶なシーナの媚笑。陶然とした誘いに乗って情交を結ぶ、チバとアリス。
 キヤも「おっくん」も、ユルカもコウも。アリスに触発されたかの様に、それぞれの身体を交える。
 ↓
 ⑲1125年5月6日:(LO2017年9月号:p.390〜p.392)
 V層・エイル邸。
 teardropの追っ手達にレイプされるエイル。
 犯し尽くされ、殺害されようという瞬間。
 エイルの眼はきらめき、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
 カーテンフォール。

〈8−2.設定考察の追加〉

・シーナの正体、ティアードロップの目的について
 作中では「天使の鋳型」とも称されるシーナ(千葉ありす)。
 Ep.3の実行役やEp.8・Ep.9のキヤなど、teardropのメンバーの中には、シーナに対し敬語を用いる場面も散見され、
 シーナをただの人間の少女というよりも、それ以上の、ある種の信仰の対象の様に捉えている節があります。
 Ep.9では「工場(ファクトリー)の人」という言葉が登場しますが、
 作中世界における遺伝子工学が生体(ドナー)を生み出せるほどに発展している事からすれば、シーナの遺伝子情報を用いて、
 文字通り鋳型として、性愛に最適化されたヒト(≠生体)を作り出すことがティアードロップの最終目的なのかも知れません。
 千葉天涯の立件を切っ掛けに、旧TCEの被験者たちは「保護」されたのかも知れず、
 すると、(予想外の手違いから)下層にあって唯一摘発を免れたシーナこそが、
 彼ら彼女らにとっての唯一の希望なのではないか。
 そんな想像をいたします。

・ティアードロップの変容について
 かつてレイプは行えども「殺しはしない」(Ep.2)と言われた「我吃飽了の男たち」(ティアードロップ)。
 しかし、Ep.8以降、彼らは明確な殺人行為を行い、または行おうとしており、
 これまでの彼らとは、行動の強度に明確な違いが出ております。
 これは、ユルカに実行役が殺された「シーナ誘拐作戦」の失敗(Ep.3)の反省によるものなのか、
 それとも既に「study tour(研修旅行)」の段階は終わった、という事なのか。
 ともあれティアードロップの態度の変容は、物語の先を見る上でも、興味深いポイントです。


〈8−3.Implicityのアニメ化について〉
 作者ブログの記事を読んでいて、心底びっくりしたのですが、ImplicityがOVA化するそうです。
 収録時間は20分、税別価格は3,800円とのこと。
 
 作画技法は少し特殊で、インモーション技術(Eモーション)の採用が予定されています。
 通常のアニメーションでは、原画マンが一から原画を描き、これに中割を差し込んでいくという方式が取られますが、
 インモーションでは、漫画そのものを原画として、これに中割を差し込んでいくという方式が取られます。
 
 一から動画を作らねばならない通常方式にくらべ、行うべきは、
 漫画に動きをつける(in-motion)事に特化されますので、人件費や制作費など、コスト面で有利な方策です。

 デメリットとしては、あくまでも高級パラパラ漫画であり、
 動画ならではのダイナミックな動きは難しく、また予算面から滑らかな作画が期待しづらいという点がありますが、
 逆に言えば、原作に忠実な話の運び、作画が期待でき、絵の繊細さで知られる東山翔作品には適切な方法なのかも知れません。

 ともあれ、動いて喋る東山作品が見られるとは、実に楽しみなことです。


9.Ep.10 teardrop 3 について

A.S.1125年5月6日の終わり。物語の終わり。
次回掲載をもって、「Implicity」は最終話を迎えることがアナウンスされました。

LO編集部の告知によれば、
第2集単行本は2018年(平成30年)1月に発売予定とのことです。

 <9−1.Ep.10の時系列>
 ⑳1125年5月6日:(LO2017年11月号:p.35〜p.37)
 V葉・エイル邸。
 警防会の突入により、teardropの追っ手達は排除された。エイルは既に通報を終えていたのだ。
 エイルの頬に返り血。壁にも血しぶきが飛び、闘争の跡がうかがわれる。
 エイルは警防会の隊員リコを伴って、シーナ達を救助するため、チバ達を追跡する。
 ↓
 ㉑1125年5月6日:(LO2017年11月号:p.35〜p.59)
 ※時系列20と一部のページが重複していますが、これは「一つのコマで二つの場面が進行する」手法がとられているためです。
 V葉リフト・エレベーターホール脇の事務室。狂宴は続く。
 シーナはチバに、ユルカはおっくんともう一人に、コウはキヤに犯される。
 コウは男性(少年・男娼)であるため、お尻をキヤに犯される。
 相手は入れ替わり、ユルカがシーナをペッティングし、キヤがシーナを、チバがユルカを犯す大乱交。
 チバの暗示により、シーナは完全に「千葉ありす」に戻ったかの様に見えたが、
 ユルカがシーナに口づけをした際、精液を「ま…ずい」と言っており、
 シーナとしての記憶も有している、あるいは回復しつつある様に見受けられる。
 ↓
 ㉒1125年5月6日:(LO2017年11月号:p.60〜p.61、p.69〜p.70)
 A葉。teardropメンバーの会合。
 時系列21の乱交は、会合にも「teardrop.ch」としてストリーミング配信されており、既に58分45秒に及んでいた。
 配信動画は空中浮揚型のカメラ4個で撮影されており、A~Dまでの視点切り替えが可能となっている。
 teardropのメンバー(会員)たちも思い思いのドナー相手に性交を楽しむが、
 司会者のトレー(trepp)はチバらの遅れに苛立っていた。
 そんな最中、メンバーの一人がコーカソイド系の少女を捕まえてくる。
 その少女ーークオンの登場と共に、会場の空気は一層熱を帯び、乱交は進展する。
 ↓
 ㉓1125年5月6日:(LO2017年11月号:p.61〜p.68)
 V葉。エレベーターホール。
 乱交を終え、A葉へ向かおうとするチバ達。
 シーナやユルカは着替えさせられている。シーナは少女趣味じみた格好。
 その時、リコを伴ったエイルが救出に動き、リコは「純ヒト」向けの煙幕弾を投射する。
 煙をかばうシーナ、たまらず倒れる(キヤをはじめとした)ティアードロップのメンバー達。
 なぜかチバは倒れない。そのままにシーナをエレベーターリフトへ引きずっていく。
 コウは安楽死剤が落ちているの見つけ、これ奇貨としてチバに襲いかかるが、撃退される。
 安楽死剤は生体用であったが、その注入後、チバは苦しみ始め、遂にはリフトの床面に倒れ込む。
 チバの身体には、「生体紫斑」が浮かんでいたのであった。
 リフトはチバの遺体、シーナとコウを乗せて、何処ともなく動き出す。

 <9−2.設定考察の追加>
 ・キヤの涙
  Ep.10において、キヤはシーナを犯す際に、感極まって涙を流すのですが、そのセリフが印象的です。
  「見てよ!もうすぐこれが手に入るんだよ!望みが叶うんだよ!!
   愛するものにふれることもできず死ぬしかなかった、私達の望みが」
  一読した際、これはロリータ・コンプレックスの話かと思ったのですが、
  再読してみると、より射程が広い話にも思われました。
  作中世界において、生体相手ではない、人間同士のセックスが描かれたのはEp.0(エミーとリン)ですが、
  これ以外の人間のセックス、特に大人の人間同士のセックスが描かれることは全くありませんでした。
  というより、両性具有者以外での「大人の女性」は一度も登場しておりません。
  それはCOMIC LOという連載媒体の特性上、当然のことなのかも知れませんが、
  一方で、作中世界が極度に性管理の進んだ社会であることを考え、またteardropの設立趣意を加味すると、
  「愛するものにふれることもできず死ぬしかなかった」という言葉の含意は、より深いものなのかも知れません。

 ・安楽死剤(EUTHANASIA)
 Ep.09にも登場し、今回のエピソードでも鍵となる働きを示した安楽死剤ですが、p.63に詳細図があります。
 これによると正式名称は「Euthanasia for Donors」、生体向けの安楽死剤です。
 作中では投与された対象に内出血によるものと思しい紫斑が生じており、
 これと似たような症状がEx.Ep「Vault」でも生じていたことを考えると、
 いわゆるActive Euthanasia、鎮痛剤の大量投与による安楽術と思われます。
 薬の投与により、生体の運用限界まで一気に持っていくのでしょう。

 ・チバの正体について
 今回のエピソードは、チバに投与された生体用安楽死剤が、チバに致命的な影響を及ぼしたところで幕を閉じました。
 純ヒト向けのガスが効かず、生体向けの薬は効く、チバテンシンという男。
 彼はそもそも人なのか、生体なのか、仮に人だとしたら、いつ彼は人(純ヒト)ではなくなってしまったのか。
 彼については、お面の人工音声や肉体改造を含め、多くの人体改造を自らに施している描写がありますが、
 元はヒトであったにしても、その改造の果てにヒトではなくなってしまったのかも知れません。
 彼自身は、自分がヒトではないと認識している様子はなく(p.68の発言など)、
 仮にそうだとするならば「最もヒトを追い求めた人物が、初めにヒトでなしとなってしまう」という凄まじい皮肉が生ずる事になります。

 ・指輪の行方
 Implicityは指輪の流転する物語ですが、今回のエピソードでも指輪は「お守り」(p.48)として言及されていました。
 Ep09の描写を見る限り、現在、指輪はコウのもとにある様に思われます。
 今作ではコウもまた生体であることが黙示的に語られましたが、いったい誰から誰までが生体なのか。
 そもそも出産までの性交渉はともかく、大人同士の性交渉は認められているのか。
 様々な謎を折り込みながら、物語は次回へと続きます。


10.Ep11 Implicity(最終話)について

End, Ende, Finale.
平成25年5月21日(LO 2013年7月号)の第0話に始まった本作は、
平成29年10月21日(LO 2017年12月号)の第11話をもって期間53ヶ月・全12話にわたる連載を終え、最終回を迎えました。

そこに描かれたのは、解放と再生の物語。
第0話と対をなす、もう一つのアダムとイブの物語です。

 <Ep.11の時系列>
 ㉔1125年5月6日:(LO2017年12月号:p.27〜p.29)
 シーナとコウが乗り込んだエレベーターリフトは、Hidden Command(隠しコマンド)“To ER-Base"が誤発動されていた。
 ERとはおそらく、Earth=地球のこと。そのBase、地表面へと向けてリフトは進む。
 Z層を抜け、棄層(Abandoned Layer)、そしてアークの外(Outside the ARK)へ。リフトは地表へと下降してゆく。
 リフト内ディスプレイに浮かぶ警告表示。RPC(radiation protective clothing、放射能防護服)の着用が推奨される。
 エイルからの交信。「コマンドは取り消せない」こと、「棄層から戻る方法はない」ことが告げられる。
 運命を受け入れるシーナ。シーナはコウと共に、外へ出ることを決意する。
 最後の交信。途絶しかけた通信の中、シーナはユルカに「指輪返せなくてごめんね」「いろいろとありがとう」と告げた。
 通信途絶。
 ↓
 ㉕1125年5月6日:(LO2017年12月号:p.30〜34)
 A層、teardropメンバーの会合。集会会場はクオンにより制圧される。
 クオンはV層のエイル達に連絡を取り、制圧が完了したことを告げる。
 「ティアドロップとは何だったのか」を語り合う二人。
 ↓
 ㉖1125年5月6日その後:(LO2017年12月号:p.34〜p.43)
 地上に降り立ったシーナとコウ。
 ひと気の無い街。看板には「A.S.712年9月 環境復興プロジェクト The LAST DAY of…」との表記がある。
 消えかけた文字を補えば、Decontamination(放射能浄化、除染)と思われ、“除染最終日”と読める。
 路上には、放射能標識のハザードシンボル。放射能汚染で目が退化したと思しい野犬の群れが闊歩している。
 シーナとコウは街を抜け出て海へと至るが、野犬に追い立てられ、堤防から海へと飛び込む。
 波濤の中で、垣間見る回想(下記□3参照)。
 ↓
 ㉗1125年5月6日その後:(LO2017年12月号:p.44〜p.66)
 浜辺。打ち上げられたコウ。
 彼が目を覚ました時、シーナは魚を獲っていた。
 コウは、水に潜った際の低酸素脳症で、かなりの部分の記憶を失っていることが判明する(下記□2参照)。
 二人は浜辺の民家で暮らしはじめ、そして情を交わす。
 外に出ると満天の星。浜を挟んで、一辺:数十kmとも思える巨大な立方体=アークが望まれる。
 交錯する過去の影(p.59、3コマ・5コマ)。シーナはそれを振り払うかのように、コウと口づけし、身体を重ねる。
 ↓
 ㉘未来:(LO2017年12月号:p67〜p.70)
 EPILOGUE、エピローグ。
 アーク外縁部。アークの外界へ向けて、紙花を撒くユルカ。
 クオンはそれを見やって、「何年もよく続くのう」と述懐する。
 二人はシーナについて語り合う。「(シーナは)本当の花は見れたのかしら」。
 舞台は変わって、海辺の島。一葉の紙花が流れ着く。
 木に掛けられた首飾りと指輪(下記□1参照)。
 紙花を拾い上げる少女を映し出し、物語は終わりを告げる。
 カーテンフォール。

 <設定考察の追加>
 □1:指輪と首飾りの物語
  本作が、指輪物語としての性質を有している点は以前にも指摘しましたが、
  最終話をみていて、リングに加えて今一つの軸、流転物があることに気が付きました。それがコウの首飾りです。
  このネックレス、少なくともEp.8以降、コウが身につけているのですが、今回はじめて、その詳しい意匠が描かれました。
  一本の紐に通された三つの飾り玉(ビーズ)。この飾り玉、管玉状になっていますが、形状に既視感があります。
  この既視感、デジャブの正体は何か。それはEp.1を読み返した際に氷解しました。
  三つ繋がりの管玉。それは白色で(アニメでは黄金色)、三位一体をなしている。ヨウニーの髪飾りに他なりません。
  Ep.1において一度はヨウニーの手に集まった、指輪と首飾り(髪飾り)。
  その一つはユルカを経てシーナへと渡り、もう一つはヨウニーの死を経てコウへと渡り、十のエピソードを経て、ついに一堂に会しました。
  最終話・最終頁では、首飾りに指輪が通され、木の枝に掛けられた様子が描写されますが、
  これは指輪に表象される上層階層・ヒトの世界と、首飾りに表象される下層階層・ドナーの世界との「和解の象徴」であると共に、
  ヨウニーの墓標にも見えて、流転し絡まり合った作中世界の人々への「鎮魂と再生の象徴」にも思えたのでした。

 □2:コウはどこまで記憶を失ったのか
  EP.11では、コウが低酸素脳症により記憶を失ったことが描写されますが、
  例えばシーナのことを「シーナ」と呼ばず、「お前」と呼んだりする点に、その症状が散見されます。
  本来、コウはシーナが「千葉ありす」であることを知っているはずですので、
  呼び名を「シーナ」と指定されたりすれば(p.48)、戸惑うはずですが、それもない。
  すると、記憶の欠落幅はそれなりに大きそうです。
  作中ではシーナが、コウの回復力に「さすがド…」と言い掛けますが(p.64)、これは「さすがドナー!」の言い掛けと考えられます。
  そうすると、コウは自らがドナーであるという記憶も失っている様です。
  それを敢えて指摘しなかったシーナに、彼女の賢さや反面の弱さを見ると共に、
  あくまでも対等の生き物として、「人間同士」として関係を築いていこう、という強固な意志が感じられます。
  その意志を実現するため、彼女は指輪のAUG-VIEW(オーグメンテッド・ビュー、拡張現実機能)をシャットダウンし、
  一個の生き物として、コウと口づけを交わします(p.65)。
  シティのシステムからの離脱、これまでの「他人のためのモノ」≒ 千葉ありすからの脱却。シーナとしての認識の確立。
  p.48からp.66のHシーンは、彼女の葛藤と克己の様子が描かれており、官能的でありながら感動的。
  複数の意味を持ち合わせており、優れて本作「Implicity」らしさのあるシーケンスです。
  p.66。千葉ありすの名を捨て、自分のために生きることを決めたシーナの台詞「平穏(しずか)だよ」。
  ヒトの特権たる拡張現実機能は閉ざされ、そこにあるのは裸の自分と恋人、ありのままの自然。
  この台詞には万感の思いが込められており、まさに物語の締めくくりに相応しいものと思われました。

 □3:波濤の中で垣間見た回想(p.40〜p.43)の解読
  本エピソードでは、p.40からp.43にかけて、混濁した回想が描かれます。
  これは誰の記憶なのか、シーナか、コウか、二つの読み方が考えられますが、
  ここではp.40の冒頭に水に潜るシーナの様子が描かれているため、シーナの回想として話を進めます。
  (なお、コウの記憶として読むと、コウがチバの記憶を有していることとなり、いささかオカルティックな解釈となります)
  まずは、混濁した回想に整序を与え、論理が成り立つように、テキスト化してみましょう。
  すると、こうなります。括弧内は、かなり見辛く、白抜き文字とされている箇所です。
  意味が分かりづらい単語については、米印で注釈を加えました。
  
  【p.40】
  うまくいったな
  
  これで手を汚さずに進められる
  (欲情 勃起 おぞましい)
  (わずか 六歳)
  
  どんな手を使ったんだ?
  (精液 飲ませて)
  
  【p.41】
  アーカイブに大量に残る「こども好き」バイオログから
  市民として
  彼らに共通する神経細胞の活動パターンを
  抽出した
  
  いま彼は「ヒト」として
  内なる悪魔の存在を感じているはずだ
  前頭葉に定着し
  報酬系を制御するナノコアのことをね
   ※「報酬系」とは欲求を制御する脳の神経系のこと。“彼”はその神経系をいじられている。
  
  記憶は自動生成したプロットを使用した

  アークの環境去勢

  (低級生体)
  アークで別の強淫事件を起こして
  三十年間ほど服役していた小児性愛者
  
  若くした

  計画が終わる頃には末期 生体癌
  Anti-Cancer
  投与しなければ全て無かったことになる
  (廃棄 紫斑)

  アリスはどうするんだ?

  【p.42】
  (母体=)役目が終わったら
  生体として
  地下に流してしまえばいい

  ルートの存在は確認済みよ

  生体機能の導入は正解だったな

  既に指南書には多くのハエが群がっている
  (実践例)
  市民生活の解析結果が示す通りにね
  捕食し さらに増えるだろう

  これからあの幼気な娘が
  あらゆる性倒錯を経験するのね

  生体級の可塑性が生理的記憶を全て蓄積する
  (後天)
  (最適化)
  
  (機能)
  (しないはずの 生殖系によって)
  継承される
  (子宮)
   ※「生殖系」とは生物における生殖機能を担う器官のこと。
    人間における最も象徴的な生殖系器官とは、上記の通り「子宮」であり、その生殖態様は妊娠となる。
    “彼女"は生体機能を有しながら、ヒトとしての妊娠能力をもった存在であり、まさに新世代の母体である。
    逆に言えば、生体は通常生殖系が機能せず繁殖できない一方で、人はEp.0の様に繁殖できる、と考えられる。

  【p.43】

  彼女はいまヒトなのかしら
  
  (A.S.1121年の運用実績表(results)が示される)
  (TCEメンバーシップ(会員数)と市民の犠牲者(victims of Citizen)の相関グラフ)
  (月(month)、会員数(membership)、総犠牲者数(Total Victims)、リリース、利益(increase×1980円))
   ※TCEの会員費用は一人1980円/月だったことが伺える。1121年12月の会員数は約377万人、売上高は約74億円。

  笑える疑問だ

  境界は もはやただの概念だが

  どちらでもある でなければ 今回のプランには 適さない

  万が一 計画が破綻したら どうする

  正義になりましょう

  誰か一人が 犠牲になればいい

  それだけの価値はある

  私たちの繋がりが補足されることはまずない

  市民は自らの足の下で起きていることに関心などない

  次が楽しみね

  計画に関するログは暗号化して
  アレに残すとしよう

  ここで明らかになるのは、千葉天涯らによる投資家グループが「仕掛けたゲーム」(p.32)の一端です。
  おそらくシーナが、千葉ありすとして小耳に挟んだ発言の数々が、無造作に陳列されています。
  これを整理すると、以下の様な経緯が導き出されます。
  
  ・千葉天涯は経済省の高級官僚であるとともに、投資家であった(p.32)。
  ・彼をはじめとした投資家グループはアンダー生体市場に向かう金の流れに介入して、利益を上げることを目論む(同)。
  ・地下フォーラムを分析すると、「生体ではない本物の人間を求める需要」があることが明らかになった(p.33)。
  ・その需要を吸い上げ、利益を得るために、天涯らは地下フォーラム「TCE」を立ち上げる(Ep.7)。
  ・TCEはその象徴として、“実際に調教されたヒト(本物の人間)“、いわば撒き餌として千葉ありすの調教動画やその経緯が投稿された(同)。
  ・そして、その助手として、同時にいざという時の身代わりとして「千葉天真」という架空の人格が用意される(p.40)。
  ・”彼”、千葉天真は実際には人間ではなく、人工の記憶を与えられた低級生体に過ぎず、しかも寿命を若くされていた(p.41)。
  ・"彼女”、千葉ありすは本当の人間(ヒト)であるが、改造を施され、生体機能が導入されていた(p.42)。
  ・しかも、機能しないはずの生殖系によって生理的機能が継承できる様になっていた(母体としての役目、p.42・p.64)。
  ・それに夢をみたペドフィリア達は、続々とTCEに集う様になっていく(Ep.7)。
  ・TCEは1121年(千葉ありす8歳)の時点で、月間売上70億円を越える大ヒット情報商材となっていた(p.43)。
  ・しかし1123年10月、TCEはあっけない幕切れを迎える。何者かによって、天涯の正体がリークされたのだ(Ep.7)。
  ・それは「(TCEという)夢の中に現れた化物が主人に牙を剥いた」瞬間であった(p.33)。
  ・もちろん、ここでいう「化物」とは千葉天真、「主人」とは千葉天涯のことである。
  ・そうして彼らの「仕掛けたゲーム」は彼らの手を離れ、現実を蚕食し、Teardropとして結実する。
  ・架空の少女で満たされないならば、現実の少女を求める。天涯らの与えた記憶が暴走をはじめたのだ。

  なおp.32・33では、天涯らが「仕掛けたゲーム」のプロジェクトを練っているころ、
  エイルが天涯宅の備えつきの備品的なドナーであった様が描写されており(p.32 3コマ目)、
  また彼女が、”天真”として養育されつつあった幼いチバとも面識のある様が描写されています(p.33 4コマ目)。
  それがゆえにエイルは、部外者でありながら内情を知る、優れた「語り手」としての地位を物語上持ち得たのです。
  (すなわち、単行本p.218でいう、エイルを拾った「金持ち」とは天涯のことだったと思われ、
   それは単行本p.219やEp.7-p.82などの獣耳ヘアバンド趣味からも伺えます。ケモミミ好きだったのね…天涯…。)

 <開示された謎と残された謎>
 ・今回のエピソードをもって最終回を迎えたImplicity。
  従前から言及していたアーク創設の原因となった「環境インシデント」は放射能汚染であることが明らかになりました。
  超巨大構造物アークは、瀬戸内海を思わせる多島海に面しており、三角州の上に建てられていることが分かります(p.71-1コマ目)。

 ・ところで一点、考察の誤りを述べねばなりません。
  当初、「我吃飽了の男たち」すなわちTeardropのメンバー達は「人間を付け狙う傾向がある」と考察しましたが、
  その後、コウがドナーであることが明らかとなり、彼らに襲われていた被害者達は、
  ヨウニーを含め、人間ではなく生体である可能性が高いことが判明しました。
  というよりも、下層の社会はドナーによって形成されていると思しい。
  将来的にシーナ(千葉ありす)から生成される「性愛可能なヒト」へ向けての、下層ドナーを用いたstudy tour(研修旅行)であったという訳です。

 ・しかし、どこまでが生体かヒトか、依然として線引は曖昧です。
  もし仮に、下部階層(A-Z層)の居住者が、老若男女問わず基本的には全てドナーであるとすると、
  ドナーは性的労働のみならず、アーク建設やその整備(O&M)に関する過酷な重労働や、
  C層の合成農業特区の様にアーク全体の食料生産まで担っていることになり、まさに「レプリカント」の様な存在と言えます。
  すると、上層の人間政府(ヒト)と、それに支配される下層の労働力(ドナー)という構造になります。
  シティの人間社会と、それを文字通り縁の下から支える生体社会。
  下層の自治警察は、ドナーによる一定の自治権の所掌組織ということが出来そうです。
  ただ、そうするとEp.1で(ドナーであるはずの)ヨウニーやコウが
  なぜ人間社会である「上(シティ)」へ行こうとしたか分からず、生体と人間の関係性には依然として謎が残っています。
  こうした関係性、SF設定を掘り下げる短編が単行本第2集で発表されれば嬉しい事この上ありませんが、
  関係性をいまのままに、様々なあり得べき可能性を想像するのも、この重層世界の楽しみと申せましょう。


11.単行本第2巻「Implicity2 - To the Gelassenheit -」について
 
 2018年1月27日、本編最終巻となる「Implicity2」が発売されました。その副題は「To the Gelassenheit」。
 Gelassenheit(ゲラッセンハイト)は中世の高地ドイツ語に語源を持つ言葉で、「平穏/静けさ」と訳し得ます。
 マイスター・エックハルト司祭による著作で知られており、直訳すれば「平穏(静けさ)の内へ」となりましょうか。
 
 もっとも、この単語については原義というより、ある哲学者による用例の方が高名です。
 つまりは、マルティン・ハイデガーの議論に登場する「Gelassenheit」。
 彼の議論における「Gelassenheit」は、一般に「放下(ほうげ)」と訳されています。

 哲学者マルティン・ハイデッガーは、20世紀、果てしなく進展する科学技術に対して「放下」が必要であると説きました。
 「放下」が必要、それは良し。
 では、ここにいう「技術の進展に対する態度」=「放下」とはどういう意味なのでしょうか? 

 この点、「放下」をより平易に言い換えれば、「そのままにしておく事」と言う事が出来ます。
 「そのままにしておく事」と言うと、単なる「放置」を意味する様にも思われそうですが、さにあらず。
 ここでいう「そのまま」には、価値判断が含まれています。
 すなわち、技術にとって「そのまま」とは如何なる状態であるのか、という価値判断です。

 そもそも技術とは、人間の利便性向上のために進化し発展してきたものです。
 すると技術にとっての「そのまま」の状態、あるべき状態とは、
 その「進展の方向性が人間の利便性向上にある状態」と定義することが出来ます。
 人間の利便性向上に貢献できないとしても、最低限、その進展の方向性は人間の存在を損なうものであってはいけません。
 こうした価値判断を読み込んだ上で技術を「そのまま」にしておく事(それは放置であり制御である)。それが「放下」です。
 
 「人間の存在を損なうものではない」ということ。「人間の存在が損なわれない限りでの進展」ということ。
 「人間の存在」を判断基準として、私たちは技術の発展を「肯定」することもできれば「否定」を突きつけることも出来ます。
 技術に対する肯定と否定を併せ持った態度。その両義性を含んだ「そのまま」の状態こそが、「放下」という言葉の持つ意味です。
 
 では、価値判断の基準であり、そもそもの規範であった「人間の存在」とは一体何なのか。
 この議論の肝は、まさにそこにあります。
 技術の進展に伴って、人々は、常に当該の技術が「人間の存在を損なうか否か」の判断を行う機会に直面します。
 突き詰めて言えば、高度な文明化が進んだ社会では人々は不断に「人間とは何か」という問いに直面し続けるのです。
 
 ハイデガーは「Gelassenheit(放下)」は「Offenheit(開放)」と不可分の関係にあると説きました。
 ゲラッセンハイトとオッフェンハイト。
 放下を維持するために「人間とは何か」という問いに答え続け、そして人間という存在自体についての自己認識(開放)に至る。
 技術的世界のなかで「人間とは何か」「何をもって人間といえるのか」を呻吟することで、人間という存在を考え、それを再発見する。
 こうした技術との対し方を通じて、人間は世界-内-存在としての認識基盤を獲得し、故郷喪失の状態を越えた新たな土着性を持つに至る。
 ハイデガーの論稿・講演録からは、そういった論旨を読み取ることが出来ます。
 
 科学技術への問いが、人間自体への問いとなり、それが人間という種自体の進化を生み出すという、ある意味SF的ともいえるテーマ。
 このハイデガーの示した展望は、本作を読むにあたっても、示唆に富むものといえます。
 ドナーと人間の揺らめく境界。そもそも「人間とは何か」。
 
 最終話EP.11のラストシーンでシーナの発する台詞「平穏(しずか)だよ」。
 客観的には、ヒト(シーナ)と、ヒトとは別の種であるドナー(コウ)。
 その二人が互いに愛を育み、認識論的には「同じ人間」として、新しい生活に歩みだそうというところで紡がれる台詞です。
 作品名「Implicity」と同じく、「Gelassenheit」の上述の様な多義性に着目すると、
 「平穏」と「放下」がオーバーラップしたこの台詞がより味わい深くなるのではないかと思われます。

 <Implicity2 Anecdoteについて>
 今回の第二巻に当っては、Anecdote(挿話)として3編のエピソードが書き下ろされました。
 これら外伝について考察いたします。
 
 1.Kyrios
 Kyrios(キュリオス、kurios)は古代ギリシア語で「旦那様」「ご主人様」を意味する言葉です。
 ギリシャ語としての用法以外に、神学的な観点からキリストの神性について論じる用法もありますが、
 話の内容からすれば、新約聖書で見られる後者の意味ではなく、前者の意味合いが強いものと思われます。
 英語で言えば、Lord…、Master…、みたいな言葉です。
 
 登場人物はGENETIC STUDIO製のプレミアム級生体「デコ」とその「ごしゅじんさま」の男性(市民ID 3227 7512 1377 8946 073)。
 p.242のデコのOwnership(所有権証明書)を読むと、デコは12歳でFIX-Oされた固定体であり、様々な身体改造を施されていることが分かります。
 特筆すべきは、作中のプレイでも印象的なOral Pussyfication(口腔の性器化)。
 言語能力(自然な発声能力)を失わせることと引き換えに、咥内を膣類似の形状に置き換えています。
 p.244の断面図を見てみると、ヒダが多層に形成されており、まさに女性器そのもの。
 比喩表現ではない、文字通りの表現としての「口まんこ」化です。
 口は精液による給餌機能を持たせるため、気管支や食道へとつながっており、声が完全に出せない訳ではありません。
 しかし音声をコントロールする器官=舌が存在しないため、それは「きゅっ」だとか「むきゅっ」といった動物の叫びにも似た空気振動のみ。
 その変わりに思考ログが取られており、その表示(p.248)を読み解くことで意志を推し量ることができます。
 しかし、それはあくまで機械の出力結果に過ぎず、それが「デコ」の本当の意志かは分からない。
 声を奪うとは意志を奪うことに等しい。そこに、この人体改造のおぞましさがあります。
 
 ところでこのGenetic Studio社(F葉5階JAGA区)は人体改造技術に長けた会社であるらしく、それはカバー裏の4C広告からも明らかです。
 口腔の性器化や改造後生体の給餌のほか、Plus One Moreと称する3週間で性器化するキットも販売しております。
 その価格は15,800yenからと、低級生体の価格よりも高く、同社が比較的高級な工房であることが分かります。
 もしや…と思って、p.242を見直すとデコもInsertable Umbilicus(ヘソ穴への挿入も可能)と書いてあり、鳥肌立つ思いでした。
 
 作中世界では、こうしたドナーに対する無尽蔵な欲望の発露により、人間に対する性欲が覆い隠されてきましたが、
 それに着目した千葉天涯らによってTCE、そしてTeardrop事件が起こされたのはご案内の通りです。
 作中の男たちは、恐怖による排泄や嘔吐に異常なまでに興奮したり、価値を見出したりしておりましたが、
 これは通常のドナーでは起こり得ないこと(例えばデコはNo Vomiting Reflex 非嘔吐反射調整が施されています)であるからこその興奮なのでしょう。

 2.Cynics
 Cynics(シニックス、シニカルの複数形)も多義的な言葉です。
 直訳して「皮肉屋たち」とも解釈できますが、むしろKyriosと同じく古代ギリシャ語の原義に戻って「犬儒学派」と訳したほうがふさわしいか。
 犬儒学派、キュニコス派(Kynikoi)とはギリシャ哲学の一派で「自然に従うままに生きて完全な独立を得る」ことを目指した学派です。
 こう言うと格好良いのですが、意地悪に「自然に従う」ことを言い換えると、世の中に働きかけることなく怠惰に生きることとも捉えられます。
 現実にもそうであり、後世に伝えられている彼らの所業は「社会に対する嘲笑や風刺ばかりだった」と伝えられています。
 そうした冷笑的な姿勢が批判を浴び、彼らは「まるで乞食のような生活態度だ」と否定され、歴史の闇へと消えていきました。

 さて、このエピソードにおいて「犬のような乞食生活」を送るのは、クオンです。
 A級工房「STUDIO VULVA」で生産され、人工子宮により養育され、世に送り出されたクオン。
 p.249、胎児状態を見ると、人間のそれとは異なり、消化器・性器系を中心に形成されている一方で、
 手足の形成は後回しになっております。ドナーならではと申せましょうか。

 彼女はその類まれなるスペックを武器に高級娼館に配属されますが、
 その余りにも性愛に特化した体質が禍いして、身を持ち崩す顧客が多発し、娼館をたらい回しにされてしまいます。
 いつしか待遇は劣悪化し、犬のように街を這いずり回る街娼にまで落ちぶれてしまいました。
 体質という「自然」のままに生きた結果、得てしまった望まぬ「独立」。

 しかし、彼女はある時、A.D.街を知る人間に抱かれます。
 「あそこにゃなんだってある。自由もある。死もある。クズ生体の行き着く先さ」
 それを聞いた彼女はA.D.街に潜り込みますが、あえなく「未登録生体」としてA.D.財団のスタッフに確保。
 A.D.財団の管理下の登録生体とされかけます。
 だが彼女の検査に当たったスタッフが、彼女の機能を「試した」ことで、彼女はスタッフを無力化し、
 情報を改ざんして、A.D.街に潜り込むことに成功します。

 彼女の当初のスペックシート(p.258)はD-IDが不明ですが、そのスペックは「凄い」の一言。
 特にEx(Extra)スキルと、IL(illigal、非合法)スキル「性欲亢進発汗」の存在が特徴的です。
 イリーガルスキルがある以上、彼女はそのままでは登録どころか処分の対象となったことでしょう。
 しかし、彼女はそれを免れ得た。それもまた彼女の「自然」ゆえのことです。
 
 そうして彼女は未登録のまま月卿女学院の児童としてEp.5に現れ、物語を大きく動かす存在となって行きました。
 彼女の犬儒学派めいた時代を描いた短編「Cynics」。なかなか滋味ある話です。

 3.Embers
 Embers(エンバーズ 残り火/燃えさし)。こちらはA.D.街の中身を掘り下げる内容となっています。
 特筆すべきはLO掲載版との違い。
 LO 2018年3月号(1月20日発売) に比べて、単行本版は前後5ページの加筆がなされており、
 この5ページの加筆が、話の味わいを全く異なるものに変えています。

 雑誌掲載時に描かれたのは、先生と生徒の不純異性交友。
 年代はA.S.1123年9月24日(2巻、 p.274)、本編エピソード7の中盤辺りの時期です。
 不純とはいえラブラブな雰囲気で、おそらくこれ単品で読んだ場合には、違和感のない和姦短編として読めることでしょう。
 先生がA.D.街にチェックインする際に用いる施設(ホテル)の名が「嬥歌(かがい)」という点も雅です。
 嬥歌とは上代東国方言で言う「歌垣(うたがき)」のことで、古代日本においては求愛の場として機能しました。
 石ノ森章太郎版「マンガ日本の歴史」にも描かれており、小学校で読んだときには衝撃的でした。

 しかし、Embersの物語世界は「Implicity」です。
 それを前提として読み、題名を見直すと、このラブラブな短編にも不穏な空気が漂ってきます。
 そして、これを確信に変えるのが、前半4ページ、後半1ページに渡る加筆の存在です。
 果たしてEmbers(残り火)の様に消えるのは何なのか。
 
 物語世界において「A.D.街(A.D.Town)」は、失われた西暦年代(1945年から2035年)を再現する一種のテーマパークでした。
 テーマパークのキャストはドナーたちであり、ゲストはシティの市民たち。
 弱者と強者。このテーマパークでは、客は何をしても自由。レイプも傷害も思いのままとされています。
 p.277によれば、A.D.街の標語は「The Only Place You Can Do Everything Without Consequence.」。
 この標語「あなたが結果責任を問われない唯一の場所」という言葉が全てを物語っていると申せましょう。
 
 加筆の前半部はこの短編のヒロイン「花喃(かなん、Kanan)」がレイプされる衝撃的なシーンで幕を開けます。
 レイパーはACLRシリーズでおなじみ栗栖とケイ。
 花喃は首を締め上げられ、裸に剥かれ、視点が定まらなくなるまでグチャグチャにされてしまいます。
 そうして廃屋に放置される花喃。
 しかし、彼女はA.D.街のスタッフに回収され(p.260)、メンテナンスされ、
 Embers掲載版の開始時には元気に性行為に勤しんでいるのです。

 破壊されたにも関わらず復活している花喃。しかも、その記憶すら残っている形跡がない。
 ここから、彼女がA.D.街の登録済生体であり、
 登録生体は街の客に弄ばれたとしても"修復"または"再利用"され街に戻されることが明らかになります。
 単行本「Implicity1」のとらのあな・メロンブックスで描かれたAD街の「円環マーク」はこの"修復"の開始を意味していたのです。
 「円環マーク」は「Implicity2」p.258のクオンのスペックシートでも見ることができますが、
 三角形のリサイクルマークの横に、ピクトグラムを取り巻く円環マークがあり、その意図が謎でした。
 これを"修復(再利用)可能"と読めば、"再生利用可能"のリサイクルマークの横にある意図が伺えます。
 環境配慮の3原則は3R、すなわちReduce(削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再生利用)ですが、2つめのRだったという訳です。

 ご丁寧なことに肉体の"修復"・"再利用"に伴い、客に関する記憶もリセット、というよりセーブ&ロードされる様です。
 なぜそう読めるのか。これに関しては花喃の右耳のピアスに着目することで読み解くことが可能です。
 Embersの中で、ピアスは2回点灯しますが、それは何れも客の退出時でした。
 すなわち冒頭での車内セックスの相手と別れた時(p.263)、そしてEmbersの主人公・間宮先生と別れた時(p.277)です。
 特に間宮くんと別れた際の点灯の効果は顕著に描写されており、それが後半の描き下ろしp.277に現れています。

 ついさっきまで愛を語らい、再会をせがんでいたはずの花喃。
 しかしピアスの点灯の後には、間宮のことを綺麗さっぱり忘れています。
 学校の同級生に「さっきの誰?」聞かれても「さぁ?」と答えるのみ。
 ピアス(またはイヤリング)は客がAD街から去るたびにチカチカと点滅しており、
 このことから言えば、ピアスはその点灯の都度、記憶処理が行われる仕組みのデバイスであると考えることが自然です。
 残り火に水をかけるように、「ジュッ」と記憶を消し、また記憶を植え付ける機械。

 書き下ろしの「Cynics」でもAD街に登録されかけたクオンがそれまで付けていなかった筈のピアスを付けられており(p.255下コマ)、
 これが花喃のものと全く同じ菱形のものであることから、このピアスはAD財団による生体管理機器であるということが出来そうです。
 
 AD街のコンセプトを見た時、再現対象の年代が1945年から2035年と90年という比較的長いスパンであることが疑問でしたが、
 このテーマパークのキャストである生体達の記憶を自由に書き換えできるならば、倫理観や口調、立居振舞すらも自在に変化させることができ、
 ハードウェアたる空間さえ用意しておけば、いくらでも年代再現の仕様がございましょう。
 いわば人型生体の完全なソフトウェア化であり、パッチを当てて修復したり、アップデートしたりと自由自在です。
 圧倒的なモノ扱いの空間であり、なるほどクオンも登録を逃れるわけだ、と得心いたしました。


12.特設サイトや音楽集「Implicity EP」について

 今回の第2集発売に際して、作者御自身の手になるImplicityシリーズ公式サイトや音楽集が発表されました。
 紙媒体、電子媒体、Animeと展開が進むシリーズに音楽とPVが加わり、作品世界は一層の奥行きを見せています。
 第38回日本SF大賞への推薦についても触れられており、推薦者としては面映いところです。

 第2集の店舗特典は、とらのあなの設定資料集8p、コミックZINの「ギャシュリークラムのちびっ子たち」風ポストカードに関心を惹かれました。
 「ギャシュリークラム」はアメリカの作家 E・ゴーリーによる作品で、ABCものと申しましょうか、柴田元幸の訳と相まって独特の風合いを持つ絵本です。
 なぜ「ギャシュリークラム」なのだろうかと思ったのですが、ちょうど石見美術館などでエドワード・ゴーリー展が巡回しているのですね。
 
 1月25日に公開されたBandcampの配信ページ(レーベル:moonspeaks)を見てみると、
 今回のEPは「to complement the worldview of the piece(作品の世界観を補完するために)」制作されたと説明されています。
 「全体の構成・表題からも読み取れるものを仕込んであります」との言及の通り、全14曲の表題を見るとニヤリとするものばかり。
 これは勝手な想像ですが、以下の様に読むと、サウンドトラック的に解釈して聴くこともできそうです。
 「曲名:訳(解釈・位置づけ)」の順に表記。
 
 「Implicity EP」曲名と考察
 1.Coma:種子の綿毛(ep.0 エミーとリン)
 2.Ten Peer:10歳の同輩(ep.1 ヨウニーとコウ/peer(同輩)はpoor(貧困)とのダブルミーニング)
 3.A Jail Sub Mum:沈黙代わりの牢獄(ep.1 ヨウニーのシーン)
 4.Sir TicLo:ロリの悪癖卿(チバテンシンのテーマ曲)
 5.Aluminum Bis :機械的な反復(ep.2 ユルカの仕事 ※Vis(ネジ)ではなくBis(音楽用語で言うリピート))
 6.Suture:縫合/縫い目/結合(ep.3 シーナとユルカの出合い)
 7.Perms:パーマネント/永久、永続の複数形(ep.4 FIX-0のこと、エイル達)
 8.Lo Ashes:Loの灰(ep.5 A.D.街)
 9.Rut Rhea :お決まりのレアー(ep.6 Rheaはギリシャ神話の女神レアーのこと/クオン) 
 10.Touch Err :過ちに触れる(ep.7 過去編)
 11.Civilian Forage:文民の略奪(ep.8 teardropの襲撃)
 12.Build Aches:熱望の形成(ep.9&ep.10 teardrop、キヤなど)
 13.Quit Ring:指輪を外して(ep.11 ボードレールの散文詩「酔え!」)
 14.Awakening:目覚める (ep.11ラスト〜epilogue) 

 ジャズ、エレクトロニカ、ヒップホップ、アンビエントといったジャンルの境界を跨ぎながら、自在に作品世界を作り上げていく手腕は見事そのもの。
 特にTrack13から14にかけて「指輪を外して」「目覚める」、という本編とオーバーラップさせた構成に舌を巻きました。
 その間にはボードレール(Baudelaire)の散文詩「酔へ!」が挿入され、その結果、ep.11における時間の進行が暗示されています。
 
 この詩は「時を忘れるために酔うのだ!」と繰り返し訴える唄なのですが、それが逆に時間の不可逆性を際立たせているのです。
 時間の進行とともに、ありえた時間にしがみ付くいじましさも現れており、
 単行本p.277で(西暦年代にしがみ付く存在である)AD街のモットーの下にこの詩を置いたのはそうした意図なのではないかと考えられます。
 EPでは、ボーカリストKiyoの囁きかけるような歌声が印象的な一曲に仕上がっておりました。

 詩作「酔へ!(Enivrez-Vous)」そのものの原文はフランス語、
 その収録作は「パリの憂愁」なのですが、本作では漫画・音楽共に英訳版の「Be Drunk」が採用されています。
 翻訳はその課程を経ることで若干の意味のゆらぎを持つのですが、原義と訳語、そのゆらぎを楽しむのも又面白いものです。

 ゆらぎ、といえば紙媒体をお持ちの方に是非ご覧いただきたいページがございます。
 単行本それぞれの最終ページ(奥付け)です。
 単行本第1巻、単行本第2巻ともに階層都市の風景が描かれていますが、
 第1巻では、都市をゆくユルカとシーナの後ろ姿が写っているのに対し、
 第2巻では、彼女たちの姿はなく、茫洋とした排水が揺らめくのみです。
 この微小ながらも顕著な変化に、「ああ、彼女たちの旅は終わったのだ」という感慨を覚えました。
  
 彼女たちの辿った都市の物語は終わり、
 一人は都市の内で、いま一人は都市の外で新たな土着性の物語を紡いで行く。
 オープンエンディングと言って良いでしょう、エピローグに至るまでにどのような経緯があったのかは語られません。
 しかし最後に紙花が流れ着いた時、二人の物語は間違いなく、そして確かに結ばれあったのです。


【関連リンク】
1. Implicityシリーズ特設サイト
2. 作者:東山翔氏のブログ「暫定」
(ブログ上での名義は「KEMP」。氏は作編曲家としても活動しており、その場合の名義は「Quasar」となります)

by katukiemusubu | 2017-02-25 18:24 | ブックレビュー・映画評
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