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【レビュー】ArtifactNoise 真空管式卓上ヘッドフォンアンプ

ArtifactNoise LLP(有限責任事業組合)製のヘッドホンアンプを購入しました。
感想・評価を書き置きます。




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<商品情報>

Artifact Noise、すなわち「人工ノイズ」。
オーディオ機器メーカーらしからぬ名称を持つこのLLPは、
保土ヶ谷、およびDMM.make Akibaに拠点をおくスタートアップ企業です。

代表の北神雄太氏は、FPGAやハードウェア設計などに携わる技術者で、
技術評論社「Intel Edison マスターブック」の著者としても知られています。

ArtifactNoise製のアンプは2017年5月現在、
KORG+ノリタケの次世代真空管”Nutube 6P1”を用いた「Nutube式」
1940年代から現在に至るまで生産が続いている古典的な真空管”12AU7”を用いた「真空管式」
の2種類がラインナップされています。

いずれもアーチファクト・ノイズLLPの直販サイトにて税込27,900円にて発売中。
アナログアンプであり、入力・出力はステレオミニ(3.5mm)のみとシンプルです。
今回は「真空管式」を購入しました。

【レビュー】ArtifactNoise 真空管式卓上ヘッドフォンアンプ_c0124076_17461182.jpg
<レビュー>

・要旨
 非常に静かで、なめらかな音を持つアンプリファイア。
 良い意味で真空管らしく、2次高調波が心地良い。
 基本構造はYAHAで、12V駆動。
 ACアダプターのほか、電池BOXでも動く。

・詳細

本製品の特徴は、非常に静かで、かつ、機器の色を持たないという点にあります。

基本的にACアダプター駆動のオーディオ機器は、スイッチング電源の影響を受けやすく、
スイッチングノイズが乗る印象があるのですが、本製品の出力は非常に静か。
おそらく電源部に一定の工夫がなされているのでしょう。
単なるYAHA式(※1)ではありません。

また、製品のデザイン上の核となっている真空管ソケットですが、
これが露出していることで、様々な種類の12AU7真空管シリーズを用いることが可能になっています。

12AU7真空管、またの名をECC82(E82CC)真空管とも言いますが、
この真空管は1940年代から現在に至るまで、70年以上にわたり生産され続けている傑作真空管です。

精密機器や戦闘機など軍事製品にも用いられていた時代があり、
同型シリーズの高信頼性品としては12AU7A、ECC802S、CV4003、M8136、6189Wなどがあります。
名称は異なりますが、全て互換です。

日本をはじめ、アメリカやヨーロッパ諸国、旧ソ連圏など、世界各国で生産され、
現在でも、スロバキア(JJ Tesla)、ロシア(Tung-sol)、イギリスのPM社系列(製造は中国等)などで生産が続いています。

電子機器類でここまで息の長い商品も珍しく、秋葉原の中古市場を覗くと、
NECや東芝、日立、RCA(米)やフィリップス(蘭)、テレフンケン(独)やムラード(英)など、
かつて世界を席巻した各勢力の手になる同型管のヴィンテージや新古品を見ることが出来ます。

本製品はそんな12AU7真空管シリーズに対応しているため、
12AU7シリーズ、70年のレガシーを存分に活用することが可能です。

12AU7真空管は内外のヴィンテージ・中古品市場に流通しており、
安いものだと2,000円くらい、伝説的な名品、たとえばTelefunken ECC802Sだと数万円〜十数万円での取引が通常です。

真空管は多くが手作業で生産され、その生産年代・生産国により、大きくその個性を違えますが、
本製品の優れたところは、そういった個性をしっかりと捉えて、反映することにあります。
つまり、機器自体の色をつけず、主役(真空管)の持ち味をしっかりと活かす。
そういう製品です。

ところで、トランジスタ(半導体)全盛の現在、真空管は既にして”枯れた”技術です。
半導体技術の結晶たるIC(集積回路)の歪率は今や0.001%以下。
これに対して、真空管の歪率は1%程度のものがざらで、その差は1000倍以上。
しかもその動作には、トランジスタに比べて、遥かに多くの電力を必要とします。
歪みは多いし、効率も悪い。
現在は使われなくなっているのも頷ける。そういった技術なのです。

では、なぜそんな”枯れた”技術が、オーディオ機器で珍重されるのか。
これが人間のなんとも言えず不合理なところで、ヒトはその「歪み」に魅せられてしまうのです。
歪み、これを音楽的・音響機器的に言えば「倍音」「高調波」とも言い得ますが、
それが元々あった信号に付加されることで、なぜか心地よさを感じてしまう。
そういった不思議さがあります。

例えば、コンサートホール。
本来の音は、演者の口や演奏楽器から出力される発音のみですが、
現実には、音波は壁にぶつかり、天井に反射し、床に当り、反射音となって人の耳に届きます。
反射音が残ることを「残響」といいますが、残響がまったく無いコンサートホールを想像してみると如何でしょう。
…おそらく「つまらない」ものだと思います。
サントリーホールの残響時間は満席時で2.1秒。
この位の反射音は音響設計として許容されて然るべきなのです。

もちろん「残響」と「倍音」は異なるもの。
しかし、ヒトは「歪み」を愛好する、そういった性質はある様に思われます。
誰しも、無響室で音楽を聴きたくは無いでしょうから。

さて、真空管には「歪み」があります。そういう事でした。
あるいはそれは、個性と言って良いのかも知れません。
それはトランジスタ・オペアンプと比べれば歴然としたものであり、
「歪み」ゆえに真空管は駆逐され、「歪み」ゆえに真空管は生き残ってきました。
ただ、「歪み」を楽しむためには、他の部分がカッチリしていることが必要です。

言い換えれば、
真空管の個性を引き立てつつも、それ以外の欠点を可及的に無くす様な、そういった設計が必要です。

実際に使って、聴いてみる限り、本製品はその設計が出来ている商品である様に思われました。

「歪み」は倍音を付加する以外にも、波形を乱す「粗い」音を生み出すという欠点があります。
粗く歪んだ音は、リスナーにストレスを与えて、視聴を困難にしてしまいます。
しかし本製品の音は、どの真空管を用いても、非常になめらかで、欠点をディップしつつ、長所を上手く引き立てていました。
「個性」を引き出しつつも心地よく、長時間視聴に適している。大変バランスの良い作りをしています。

本製品の設計・製造は北神氏自身が行っていると聞きますが、
考えてみれば氏は、IoT機器など、デジタル回路の設計を業とするエンジニアです。
デジタル回路に求められる精度はアナログオーディオの比ではありませんから、
真空管以外のオーディオ回路をきっちりと組み上げる技術は、氏の薬籠中の物なのかも知れません。

ともあれ、「電源部の低ノイズ」と「真空管の互換」、「他の回路の安定性」。
この三つが実現された設計により、
ArtifactNoiseのアンプは過去の遺産を存分に活用できる、優れたプラットフォーム性を持ちえています。

解像感ある音がお望みなら、日立や東芝の通測用Hi-S管(高信頼性管)。
重低音を充実させたければ、Amperexの真空管。
パワフルで精緻な音なら、RCAやGEの真空管。
濃厚でムッチリとしたものがお好みなら、Mullardの真空管。
透き通る様な密度感ある音なら、Telefunkenの真空管。

この優れたプラットフォーム性は、
真空管の種類だけ、音色の選択肢を広げてくれるため、
使っていて非常に楽しいものです。

駆動力も問題無く、
600Ωくらいまでのヘッドホンでしたら、詰まること無く駆動できておりました。

デザインもシンプルながら、よく練られており、
異種素材の組み合わせが製品にアクセントを与えています。

アルミ製の筐体の上部はアクリルパネルでおおわれ、金属製の真空管ソケットが真ん中に配置。
ソケットに真空管を差し込んで使用します。

通電すると、真空管のヒーターが「ぼぅ」と点灯し、穏やかな橙色の光がアクリルに反射。

現代的でありながらも、良い具合にクラシックな風情を醸しており、全体としてレトロフューチャーな佇まいです。

YAHAを基本としながらも、真空管の個性を引き立てる「真空管式卓上型エナジーアンプ」。
前世紀の技術と、現代の技術とが程よく混合され、非常に面白い仕上がりのヘッドホンアンプでした。

もちろん真空管の個性が引き立つということは、
いわゆる「原音再生」からは遠ざかるという意味であり、
これを求める向きにはお勧めが難しい製品ですが、
しかし、本製品の持つ「なめらかな」音は魅力的です。

2017年5月24日には、新宿の百貨店・伊勢丹メンズ館でも展示の予定とのことでした。


※1.YAHAについて

本製品の回路における、基本コンセプトとなっている「YAHA(Yet Another Hybrid Amp)」
海外のフォーラムで話題となり、国内でも多くの自作がなされている真空管アンプのコンセプトです。

通常、真空管はその動作に100V超の高電圧を必要とし、そのために重量級のパーツを要することとなるのですが、
YAHAは真空管とオペアンプとを掛け合わせることで、低電圧での駆動を実現する設計コンセプトです。
これを用いることで、ライトウエイトで取り回しに優れた真空管アンプが実現されます。

自作erの中では、ヘッドホンのみならず、スピーカーアンプ(プリメインアンプ)としても使用される方もいるとか。

同様のコンセプトを採用したと思われる製品としては、
イタリアの「Carrot One」ヘッドホンアンプシリーズや
イーケイジャパンの「ELEKIT TU-HP01」などの、
いわゆる「ハイブリッド真空管アンプ」があります。

真空管単体ではなく、真空管+オペアンプ(石)であるため、”ハイブリッド”という訳です。


※2.真空管の個性について

基本的に一部の新品を除いては、中古品・アンティークに頼る他ない真空管。
それが悩ましくもあり、また魅力的でもある電子機器です。

茶器・陶磁器の話ではないですが、
「歪み」や脚色が珍重される傾向があり、いわゆる優等生的な品物が意外と安かったりします。

例えば、TOSHIBAの通測用Hi-S管(高信頼性管)12AU7。
まだTokyo Shibaura Electric(東京芝浦電気)の名称だった頃の東芝製真空管です。
通信測量用らしく、歪みの少ない「パリッ」とした音で、なかなか良い。

高信頼性管ですが2,000円くらいで入手されます。
一方、歪み大爆発の英国製品が褒めそやされたりしますので、人の趣向とは難しい…。

いずれにせよ真空管ですので、ある程度「温かみある」音となります。
クセの採否については、個々人の趣向による、といった所でしょうか。

なお本製品には真空管が一つ付属しますが、
製品ページの内容物欄には「12AU7 メーカ各社」と書いてあります。
これはどういう事かというと、どのメーカーかは未定ですが12AU7互換品を送ります、という事。
現役の生産メーカーがあるとはいえ、真空管の流通は現在、アンティーク(中古品)としての流通が主。
従って一点ものばかりですから、概括的な表示もやむを得ないことでしょう。
ちなみに私のところにはNECの12AU7A(高信頼性Hi-Fi管)が届きました。
このランダム感、スマホゲームのガチャめいている。

JH科学の真空管ドールズではありませんが、
「球転がし」は、いと楽し。

by katukiemusubu | 2017-05-24 17:47 | Ecouteur(ヘッドホン)
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