平成29年(2017年)8月18日(金)公開。 映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を見てきました。岩井俊二の出世作となったドラマ版(93')から24年。 原作(50分)の2倍近い、上映時間90分というボリューム。 脚本に大根仁(モテキ)、総監督に新房昭之(魔法少女まどか☆マギカ)を据え、 「君の名は。」の記憶も新しい、東宝の川村元気プロデューサー(世界から猫が消えたなら)が送る夏休み映画。 如何なものだったのか、感想レビューを書き置きます。 (ネタバレにご注意ください) なずな(ナズナ): アブラナ科ナズナ属の越年草。 夏になると枯れてしまい、居なくなってしまうことから夏無(なつな)とも表記される。 花言葉は「あなたに全てを捧げます」。 本作のヒロイン、「及川なずな」の名前です。 夏休みの一日を舞台に「避けられない別れ」を描いた本作。 93年のドラマ版、95年の再編集版では奥菜恵がなずな役を演じました。 再編集版では「世にも奇妙な物語」形式のタモリの登場シーンが削除され、話の筋を整理。 現在手に入る実写のバージョンは、95年再編集版がメインかと思われます。 これら実写版の印象的な点は、「ifもしも」という形式をとりながら、 二つの可能性を描き出すことで優れて群像劇的なスタイルを持ち得ていた点でした。 すなわち、 ①プールで祐介が勝った場合には、なずなは典道の目の前で母親に強制的に連れ帰られ、突然にばっさりと別れが生じる。 ②プールで典道が勝った場合には、なずなは典道と一緒に駆け落ちに出つつも翻意し、夜の学校のシーンで別れに折り合いをつける。 いずれの時系列でも別れ(なずなの転校)そのものは不可避なものです。 それは、作中でも言及される通り、親権者(保護者)の事情ですから致し方ありません。 しかし、別れに至る心情整理の付け方が異なり、強制終了同然の①と、②とでは、結果は同じでも受け止め方はまったく違います。 なずな・典道・祐介の三角関係(とはいうものの、小学生のそれであり、淡いものですが・・・)の揺れ方も異なり、 三人と、周囲の人々(三浦先生や、友人の和弘・純一・稔)の関わり方も異なることとなり、 一つの選択が後に及ぼす影響を、それぞれのキャラクターの視点で、短い時間ではありますが丹念に描写していました。 そしてラストのシークエンス、浜辺での花火。 それぞれの登場人物がそれぞれの思いで見上げる花火を映して、実写版は終わります。 ありえたかもしれない出会い、ありえなかった出会い、全てをひっくるめて、夜空に一輪の花が咲く。 演じる側のみならず、観る側にも強くノスタルジアを喚起する、非常に印象的な短編映画でした。 翻って今回のアニメ版は、ほぼ倍に尺が伸びた他、なずなや典道の年齢も小学生から中学生に変更されています。 舞台は実写版と同じく、千葉県旭市飯岡町がメインですが、 2002年に稼働が開始されたミツウロコHDの風力発電所など、二十四年の歳月の経過を感じさせるものがあります。 こうした素材をどのように調理するのか、楽しみに観に行きました。 <感想本体> それで、観た結果ですが。 凡作(あるいは怪作)。 この一言に尽きます。 決して駄作ではありませんが、佳作ではなく、ましてや傑作ではない。 実に凡庸で、原作にあった煌めきもノスタルジアも何もかも、スクリーンには映し出されはしない。 もちろん、新しい価値が生み出されることも無いし、仮にあったとしても、それを感じ取ることは出来ませんでした。 映像表現だけぶっ飛んでおり、ある意味「怪作」とは評せるかなと思います。 90分に伸びた上映タイムの間、何が行われたかといえば、上記の①、②に次ぐ可能性の提示。 ①、②自体についても、例えば②で、なずなと典道がバスではなく二人乗り自転車で駅へ向かったり、 そもそも始めに手を引くのが、なずなではなく典道になっていたりと、微妙な改変が行われています。 手を引く場面などに散見されますが、原作に比べてアニメ版(演:広瀬すず)のなずなは、少し積極性に欠ける印象があります。 しかし、渡辺明夫のキャラクターデザインは素晴らしく、奥菜恵版に負けない、ちょっぴり妖艶で、ミステリアスな美少女に仕上がっています。 なずなは良いのです。 そして菅田将暉の演じる典道も、中学生ならではの頼りがいがあって良く、周囲を固める俳優陣(松たか子)・声優陣(友達役の宮野真守や、先生役の花澤香菜)も好演技。 キャラクターも、演技も良いのです。 では、何が悪いのか。 脚本、筋書き。これに尽きます。 原作では併置されていた①と②のシナリオですが、何を思ったのか、そこに「もしも玉」なるマジックアイテムが登場。 これを媒介に、平行していたはずのシナリオは「①が嫌だから②へ移る!」という、 典道による現実改変の切っ掛けに使われてしまい、アニメ版では、その後、実に5段階に渡って現実改変が行われます。 すなわち、ありえたかも知れない可能性を描くのではなく、こんな現実は嫌だから書き換えてやる!といった勢いで、 もとあった筋からの遁走劇が描かれます。 SFにおける多元世界論といえば、そこまでですが、 これに対する説明も無ければ、納得のいく描写もない。 まるで、やだやだと駄々をこねる幼子の様子を見せられている気分です。 当然、劇中世界の因果律もシッチャカメッチャカになり、 花火は水平に飛ぶわ、電車は海上を走るわ、しまいには新房監督ご用達のイヌカレー空間が招来されるわ、でもう滅茶苦茶です。 そして、最後に花火は飛ぶのですが、今回の花火は通常の尺玉ではなく、「もしも玉」。 当然、またもや幻覚作用でも生じたかのような映像表現がはじまり、その中でなずなと典道は幸せなキスをして終了。 ・・・別に、意地悪で変な解釈を書いているわけでは御座いません。 本当にこの様な筋書きが展開されます。 二人がキスをするという辺りが、登場人物の年齢を中学生に引き上げた理由でしょうか。 また、このキスに象徴される様に、岩井俊二版(原作)にあった群像劇としての要素が、 今回の新房昭之版では、ばっさりと切り捨てられており、なずなと典道、二人の物語に焦点を絞っています。 祐介はじめ、登場人物は周辺化され、まるで書き割りの様に与えられた台詞を話す存在です。 演技がうまい分、書き割り感が際立ちます。 花火を終え、ラストシーンは二学期の始業式。 三浦先生が朝礼の点呼を取りはじめます。 「あいうえお順」に呼ばれていく生徒たち。当然、「及川(おいかわ)なずな」は呼ばれません。 そして「島田(しまだ)典道」の番。「しまだくん?」と呼ぶ先生に応える声は無く。 カメラは空席となった、典道となずなの席を映し、エンドロールへと写り替わりました。 ・・・どういう意味?、と問われても困ります。 このラストシーン、私も訳がわかりません。まったくもって、キュゥベえの気持ちです。 脚本担当(大根仁)お手製のノベライズを確認すると、点呼のシーンはなく、 「次になずなと会ったら『好きだ』と言おう」という典道の独白で終わるのですが、すると、一体全体このシーンは何なのか。 「とつぜんお芸術になられても困る」というのが正直な感想です。 このノベライズ自体も、ノベル(小説)と銘打っておきながら突然ト書きがはじまったりと実態は戯曲に近く、 「しょう・・・せつ?」という出来栄えなのですが、 ともあれ良くもここまで改変したものだ、とため息まじりの感嘆を漏らしてしまう程の脚本がそこにはありました。 REMEDIOS(麗美)の「Forever Friends」など、抑えるべき所を抑え、編曲を実現した音楽担当・神前暁の腕前は見事。 主題歌「打上花火」(DAOKO・米津玄師)も夏らしいポップチューンに仕上っています。 そのため、キャラデザや演技、音楽や背景など、パーツ単品で見ると魅力があり、安易に駄作とは断じ得ないのですが、 しかし、これらコンポーネントを繋ぐ、脚本があまりにあんまりな出来で、決して佳作とは言い得ません。 また、新房監督お得意の演出ですが、 本作についてはさっぱりとした和食の中に、イヌカレー空間(タイカレー味)が混ざった様な感触で、 なんとも食べ合わせが微妙な、居心地の悪いものに思われました。 総じて、凡作(あるいは怪作)と申せましょう。 <聖地巡礼のご参考> ・基本的にはドラマ版と同じく、千葉県旭市飯岡町が舞台。 ・但し、校舎はドラマで用いられた隣町・海上町の豊岡小学校ではなく、双子の円形校舎。 ・似た形状のものですと、北海道小樽市の小樽市立石山中学校(廃校)などが思い浮かびます。 ・駅舎も飯岡駅ではなく、海の見える駅に(ガイド)。 ・海に近いと言うと下灘駅(愛媛県)や青海川駅(新潟)が考えられますが、そこまで近くはない具合です。どこだろう。 ・海の上を列車が走るシーンは「千と千尋の神隠し」の海原電鉄を連想させます。 ・海原電鉄のモチーフは伊勢湾台風時の名古屋鉄道3400系と言われていますが、本作は名鉄モ700系又は750系らしき車両です。 ・モ510系かも。
by katukiemusubu
| 2017-08-18 20:23
| ブックレビュー・映画評
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