サークル「Golem,Inc.」発行の同人誌「最悪にも程がある」について。
コミティア122(2017年11月23日)に第一巻が発表され、 コミティア123(2018年02月11日)に第二巻が刊行されたオリジナル同人誌です。 作者のいとう(@Ito_SIPD)先生曰く、「文学と創作に取り憑かれた女子大生どもが「死合う」創作百合漫画」。 書評(感想)と考察を書き置きます。 ※注記:ネタバレにご注意下さい。 【書評】 同人作家を描く同人漫画。 表現に取り憑かれ、創作に魅入られた人々を描く群像劇です。 登場人物はもちろん想像の産物であるものの、その「同人で同人を描く」という特性上、 どうしても自己言及的なものと成らざるを得ず、その「身を削って描く」迫力に打たれる作品と言えます。 作者のいとう先生は、本作の様なオリジナル創作のほか、 「少女革命ウテナ」の高槻枝織や「機龍警察」の鈴石緑とライザ・ラードナー、 「ガールズ・アンド・パンツァー 最終章」の押田ルカ・安藤レナ(ともにBC自由学園) などに関する同人誌を発表されています。 北大生ISIS事件を経て人口に膾炙する様に至った「死にたいにゃん」の作者といえば分かりやすいか。 ただし「死にたいにゃん」については作者の意図を離れてネットアイコンとして拡散してしまった印象があり、 ここで詳しく触れる予定は御座いません。 「伊藤ベク」というペンネームを用いられる時もあり、 サークル河城重工特車事業部の秘封倶楽部に関する同人誌などでイラストを見かけることが御座いました。 商業誌では青土社「ユリイカ」2017年9月臨時増刊号 総特集=幾原邦彦に、高架下に佇む高槻枝織のイラストを寄稿されています。 個人的にはヴァルキリードライヴマーメイドの同人誌「蒼鷹」が印象深い。 「電脳軍事探偵あきつ丸」の渡辺零先生が原作を手がけられており、暴力の描写がすてきでしたね…。 さて、そんなキャリアを有する同人作家の発表した創作百合漫画はいかなるものか。 衒学的な文字情報の羅列や、硬質な台詞回しに圧倒されますが、その本質は至ってシンプルなものです。 「表現とは何か」「表現は何かの救いになるのか」。 自らの拠って立つすべか、天真爛漫に書きたいから書くのか、はたまた生きた証の刻印か、それとも単なる生計の手段か。 様々な表現者の群像を通じて、プリズムに光を当てたように「表現」の多様な側面が示されます。 そして何より、作品を通底して「表現すること」「創作すること」自体への愛情がにじみ出ています。 行間から溢れ出る「これしかないんだ」「ここしか無いんだ」。心臓を抉り出すような叫び。 これは執着とも言い得ますが、その執着に対して、ある種の焦がれを感じるのもまた事実。 モラトリアムをどの様に生きてきたのか、また生きていくのか。 その青さも苦味も、人工甘味料の様な甘さも、余すこと無く紙面に現れている。 青年期を追体験する様な、優れて熱量のある作品です。 人生の助走期間に何をするのか。 アウトプットに捧げること(それは膨大なインプットを前提とすることに他ならない)に決めた。 そんな人々の織りなす、それは群像劇なのでした。 【考察】 登場人物についての考察というか情報整理。 まずは作品の主軸となる一対の「書き手」と「読み手」から参りましょう。 今のところ、全話に渡って登場しています。 「書き手」:川岸桃子(かわぎし ももこ) ペンネーム「ギギコ」。小説系同人サークル主宰。文芸部出身。一次創作から二次創作へ。 現代版「アオイホノオ」とでも言うべき本作において、焔燃(ホノオモユル)的な役割を果たす主人公です。 第1話では「TX(※つくばエクスプレス)の始発〜」といった発言や、筑波研究学園都市を思わせる背景が描かれており、 おそらくは筑波大学の学生、3年生。名波への二人称は「名波」または「お前」。 中学生時代(13歳当時)の一人称は「僕」。ネット上に掲載した作品として「午前四時の霊園」「立枯れ」など。 作品の現時点では、「算アル(算術とアルケミスト?)」の二次創作をしている。なんとなく内藤桃子を思わせる名前。 第1話扉絵での購読書はハーラン・エリスン編の短編集「危険なヴィジョン 1」(ハヤカワ文庫SF)。 「読み手」:名波茉莉也(ななみ まりや) 年齢は桃子とタメ(同い年)。桃子への二人称は「(川岸)先輩」。実家は医者。 実際、桃子の大学の後輩であるらしい。「一年の子から借りました」という台詞からすれば2年生か。 劇中で言及される履修科目(「細胞生物学」や「解析」)からすれば、 医学部(筑波大学では医学群)または生命環境学群と思しい。学類(一般の大学で言う学科)は不明。 桃子とは違う高校の出身であるが、高校時代に兄の持ってきた文集に掲載されていた作品「文のしなじな」に打たれ、 「人生を燃やし尽く」され、桃子の作品について「ファン」という言葉では形容しきれない程の濃厚な読み手となる。 Twitterアカウントは閲覧専用で、桃子と首相官邸とファッションプレスのみフォローしている。 ある意味、本作随一の異常者であり、その桃子(の文字)への依存度は鳥肌が立つほどの強さがあります。 続いて、群像をなす各話の登場人物。 全話とはいきませんが、最大で2話に連続登場しています。 第3話現在での総勢は三名です。 アスタ:郷内(ごうない) 第1話、第2話に登場。 本名は「郷内」。ペンネームは「アスタ」。「アスタ先生」と呼ばれることが多い。 小平の美大すなわち武蔵野美術大学の学生であり、漫画家。 作中の会話によれば同人誌のほか、オリジナルの仕事も手がけているらしい。 口ぶりからすれば中堅以上のサークル主。年齢はギギコより年下。性的には古瀬の相方。 第2話では、桃子と一緒に筑波山に登り、カフェで茉莉也と話す。 このカフェ、パンケーキが美味しそうなのですが、描かれた内装を見るとつくば市「トタンコットンカフェ」と思しい。 古瀬結希:こぜ ゆき(ゆうき) 第1話、第3話に登場。 1話冒頭で桃子、アスタと一緒にいる女性。職業・年齢ともに不詳。 三人で新宿歌舞伎町の「バリアン」で女子会をする。桃子からの二人称は「こぜさん」。 なお、ここで描かれているBali Anは新宿本店でも東新宿店でもなく新宿アイランド店である。渋い。 随分と一般化した「ラブホテルでの女子会」ですが、この試み、なんだか胎内回帰願望的なところがあって良い。 その後、高田馬場の「米とサーカス」で灯と飲んでいる際に、灯から知己の桃子の話を聞いて「世の中ほんと狭い」と慨嘆する。 会話内容からすれば、同人か商業かは不明だが編集者的な立場と思われる。ジビエ三種刺しが食べたい。 灯:槇村灯(まきむら ともし) 第3話に登場。 桃子の中学時代の同級生。身長173cm前後と長身。 現在は大学生であり、商業作家。小説家としてのペンネームは「田紀城 純(たきしろ すなお)」。 近作は「十四誹謗」。分断統治下の東京を舞台にしたサスペンス小説で、このミス1位を獲得した。 東京大学の学生であり、本郷の法文二号館での特別講義を聞きに来た桃子にばったりと再会した。 桃子の原稿目当てに、わざわざオンリーイベントまで合同誌を買いに行く程度には桃子に関心を持っている。 教職課程を履修しているが、家庭教師の教え子に手を出す程の真性のロリコン。桃子からの二人称は「灯(ともし)」。 第3話での購読書は「新しい時代の教職入門」(有斐閣アルマ)と長谷敏司「My Humanity」(ハヤカワ文庫JA)。 【解題】 筑波大の小説書きの女とその同い年の後輩。 ムサビの絵描きの女とその相方。モラトリアムが織り成す百合模様を描いた「最悪にも程がある」。 筑波大学の物書きが主人公という事もあり、 同大出身の作家・松村栄子による小説「至高聖所(アバトーン)」を思い起こすところがあります。 この作品は第106回、1991年下半期の芥川賞を受賞した小説です。 筑波大学には学群の初年度に学生宿舎(寮)へ入るという慣習があるのですが、ここで同室となった二人の女子学生の物語。 作品は一つの戯曲の創作を軸に進行していきますが、生き苦しい世の中をそれでも静かに寄り添って生きていく二人の姿が印象的なお話でした。 松村栄子ならではの、月の光の様な寂しさを感じさせるタッチが印象的。 本作の桃子と茉莉也も「至高聖所」の沙月や真穂と同じく、「人間が上手くない」なりに、不器用なりに生を紡いでいきます。 違いがあるとすれば、「至高聖所」が鉱物愛といった静的な概念に接近していったのに対し、 「最程」では視界を圧する様な情報量で、動的なアプローチが試みられているということか。 ただし、異同点のほか、着目すべき共通点も御座います。 第三話の中学時代、創作ノートを見られた桃子と灯が繰り広げるバロウズやボルヘスへの節操なき論及や、 過剰なまでの自己言及(唐突なロリータ・コンプレックスの告白)が現れる会話。 これは松村栄子が「僕はかぐや姫」※で見せたキルケゴール「死に至る病」をめぐる会話劇の描写を思わせるところがあり、 やはり、優れて松村栄子的と言えるのかも知れません。 (※1991年刊行。2006年(平成18年)センター試験・国語(現代文)の課題文となった小説。) そういえば「僕はかぐや姫」の主人公・千田裕生(ちだ ひろみ)も、中学時代の桃子と同じくいわゆるボクっ娘でした。 ボクっ娘であり、文芸部員。ここだけ抜き出すと裕生と桃子とのオーバーラップが際立ちます。 「ぼく」から「わたし」へ。性以前から性以後へ。自意識過剰と社会化。 「僕はかぐや姫」はその過程を繊細に描き出す作品でしたが、本作「最悪にも程がある」はさらにその先へ、 オーバーラップのその先、重複のその先を描いた作品とも捉えられそうです。 性以後とはいえ、一人の人間として生きてゆくためにはまだまだ確立すべきものがある。 それを果たして「人間が下手な」二人が紡いでいけるのか。そんな「未だ」青春をさまよう物語。 現時点では本作の「書き手」「読み手」ふたりの関係に、百合という言葉から連想される「恋愛」というよりも、 生き抜いていくための「同志」としての友愛を読み取ってしまうのですが、それが今後どのように展開されていくのか。 楽しみな作品と言えます。 玄鉄絢「少女セクト」的な前者の展開も良ければ、石黒正数「ネムルバカ」的な後者の展開も良し。 「我々は登山という行為そのものに強い物語性と本質性を感じてしまう」のだ。
by katukiemusubu
| 2018-02-14 20:50
| ブックレビュー・映画評
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