第5回秩父ウイスキー祭りへ行って来ました。 前日の秩父周遊をふくめ、2018年(平成30年)2月17日・18日の旅行記を書き置きます。 第二弾は秩父蒸溜所見学会編。 <秩父旅行記2018 リンク> 第二弾:秩父蒸溜所オープンデイ2018 見学会編←本記事 見学会の集合場所、秩父神社の平成殿へと向かいます。 秩父神社は紀元前の創建と伝わり今年で創建2104年。 知知夫国の総鎮守です。 受付前に神社に参拝しました。 蒸溜所見学・イチローズモルトの試飲のほか往復のチャーターバス代も含まれており、かなりお買い得感のある価格設定といえます。 入手できれば、ですが…。 秩父神社からの所要時間は車で25分ほど。 2008年(平成20年)の操業であり、今年でちょうど10周年に当ります。 近くには赤平川(荒川の支流)がせせらぎ、破風山を始めとした皆野アルプスを望む。 みどりが丘工業団地に所在していますが、工業団地という名称のイメージとは異なる風光明媚な立地です。 私たちの回の案内担当者は秩父蒸溜所ブランドアンバサダーの吉川由美氏です。 彼女は、スコットランド・スペイ川ほとりの町クレイゲラヒ(Craigellachie)にある世界最高のモルトバー「ハイランダーイン(The Highlander Inn)」の元スタッフ。 秩父蒸溜所の操業から5年目、2013年(平成25年)からベンチャーウイスキーに参画されています。 英国時代に「スコットランド My Amber Journey」というブログを書かれており、ウイスキーへの愛情あふれる文章が素敵です。 左側が製造棟(蒸留棟)、中央が乾燥塔(キルン塔)、左側が第一貯蔵庫です。 キルン塔のノッポな屋根、パゴダ様式が印象的。 モルトウイスキーは大麦麦芽を原料として作られますが、 この麦芽はまず初めにでんぷん質を取り出しやすい様に精麦(せいばく)されます。 この精麦の工程で重要な役割を果たすのがキルン塔です。 日本語で精麦というと、 外皮を削って心白を出す磨きの工程(英語で言うscour/スカワー、精米)の意味もあり紛らわしいのですが、 ここでいう精麦は、麦芽を水に浸して発芽させ、でんぷん質が取り出しやすい状態にすること(英語で言うmalting/モルティング)を言います。 発芽させた麦芽は乾燥棟へ送られ、熱を加え、でんぷん質が取り出しやすい状態を見計らって発芽を止めます。 ここでの乾燥の熱源にピート(泥炭)を燻した煙を用いればスモーキーなウイスキーになりますし、 ピートを炊かなければ、でんぷん質由来の甘さが前に出たフルーティーなウイスキーに近づくことになります。 こちらはドイツ産の麦芽で、品種はAvalon(アバロン)。ノンピートのものです。 甘く、やわらかい味わい。 いわゆるヘビリーピーテッド(Heavily Peated)です。 燻製の香ばしさと、厚みのある味わい。すこし苦い。 なお、秩父蒸溜所では国産麦芽(秩父産)も使用しており、2018年初頭現在、その割合は総量の10%程との事でした。 2015年当時にイチローズモルトが日本産麦芽の導入を検討しているとの報道がありましたが、それが叶った形です。 大麦「ゴールデンメロン埼玉1号」(栽培:坪内浩)などによる地産地消、文字通りの地ウイスキーがはじまろうとしています。 実際の見学はキルン塔の次、製造棟からはじまりました。 まずはミリング工程です。 キルン塔で乾燥させた発芽麦芽。この乾燥麦芽を今度はミル(粉砕機)にかけていきます。 ミリング、つまりは製粉ですが、ミリングマシン(ミル)は外部から材料を投入しやすいよう外向きに設置されています。 シャッター先のスペースがミル部屋(ミルルーム)、シャッターの奥に見える赤い柱状の機械がミリングマシンです。 コーヒーのミルと同様、麦芽のミルも粗挽きから細挽きまで各種の設定が可能です。 秩父蒸溜所のミリングはこの設定を使い分けており、異なる挽き具合のものをブレンドしています。 粗挽き(ハスク)2割:中挽き(グリッツ)7割:細挽き(フラワー)1割が概ねのブレンド比率だとか。 見学者も履物をスリッパに履き替え、製粉された粉砕麦芽を追うようにして工場内へ。 マッシングとはマッシュ(麦汁)をつくる工程のこと。 粉砕麦芽(グリスト)とお湯を混ぜ、デンプンを糖に変化させます。 なぜ糖にする必要があるかというと、アルコールとは糖が発酵することで得られるものであるからです。 アルコールは「1.原材料の糖化」「2.糖化した原材料の発酵」の二段階によって生成されますが、マッシングはこの第一段階の工程にあたります。 ワインの原料であるブドウは、それそのものが糖(果糖)であり、二段目から入ることのできる最もシンプルなアルコールですが、 それそのものが糖でない麦や米を原料とするアルコール(つまりウイスキーやビール、清酒)は、原料のもつデンプン質を糖に変化させるという第一段階が必要になります。 麦芽の場合、モルティングの過程の中で糖化に必要な酵素が形作られ、これは湯のなかで活性化します。 そのため、湯に触れやすい様に細かく製粉した麦芽にお湯を加え、糖化を促すという訳です。 ちなみに米の場合、自前で酵素が作れないため、麹菌を加えて糖化を促します。 映画「君の名は。」で見られた口噛み酒は、唾液(に含まれる麹菌類似の酵素)によって糖化させる最も原始的な糖化の形態です。 秩父蒸溜所では三回に渡って湯を投じて、マッシングを行っています。 写真の銀色の円柱、マッシング容器(マッシュタン)に投入される湯の温度は、一回目が64℃。二回目が76℃。三回目が96℃。 まるで石田三成の三献茶ですが、三回目は第二段階の発酵へは進めずに貯蔵して冷まし、一回目のマッシング用の湯として用います。 こうすることで予め糖化したお湯を与えることが出来、マッシングにおける糖化の進み具合もより良いものに成りやすいとか。 ここでの仕込み水は秩父の湧き水を利用しているのですが、天然水であるという都合上、温度や成分の変動があります。 これを加味して、秩父蒸溜所では夏季の製造は行わない様にしているとの事でした。 続いての工程が、アルコール生産の肝心要、発酵(ファーメンテーション)です。 2000Lの麦汁はその都度、3000L入る発酵槽(ウォッシュバック)へと投入されます。 写真右側に8基ある木製の槽(ふね)が、ここにいう発酵槽(はっこうそう)です。 通常、発酵槽はワインであれビールであれ清酒であれ、ステンレス製のものが用いられることが多い印象があります。 それはメンテナンスのし易さや衛生管理の簡便性によるところが大きいですが、秩父蒸溜所では敢えて古典的な木製の発酵槽を使用。 いわゆる木桶発酵を採用しており、手間がかかる製法を行っています。 木ですから当然乾燥には弱く、使用しないときにも水分を与えて(水を張って)、割れないように湿度を保たねばなりません。 しかも、木材には国産(北海道産)のミズナラ(ジャパニーズオーク)を使用。 ただでさえ木製発酵槽は珍しく、しかもオーク材の発酵槽は数えるほどしか無いところ、ミズナラの発酵槽は世界でも例をみない唯一無二のものといえます。 吉川さん曰く「これが秩父蒸溜所産原酒の個性を生み出している一因」とのこと。 さて麦汁をそそぎ、発酵準備は完了しました。 ここに約10kgの酵母(イースト)を投入して、発酵が開始されます。 酵母投入から二日目のもの、秩父蒸溜所の発酵日数は4日ですので、ちょうど中間に当たります。 ふつふつと二酸化炭素を含む泡が立っており、発酵中であることが良く分かります。 写真には映っていませんが、槽の上部を回転するブレードが泡が吹きこぼれない様に泡きりを行っている。 発酵後のアルコール度数は7度ほどとのことで、まさしくビールです。 ただしビールとは泡切りを行う位置が異なり、泡切り位置を意図的に高くして、発酵を促進させているとのことでした。 なお発酵日数は4日間であり、他の蒸溜所に比べて長めです。 これはなぜかというと発酵期間を長く取ることで、より厚みのある味や甘くフルーティな味わいを狙っているということでした。 比較的長めとはいえ4日であり、この期間でミズナラの樽香、いわゆる熟成香がつくことは殆ど無いとのこと。 それでは何故、敢えて手間のかかるミズナラ木桶を用いているのかとお尋ねすると、 それは香りの付加というよりミズナラというユニークな木に住む菌の個性に着目したためであるとの答えでした。 ミズナラ木桶に住み着いた乳酸菌が、日本酒における蔵付き酵母の様に、いわば桶付き酵母として発酵槽に個性を与える。 それがステンレス桶発酵では実現できない木桶の個性を生み、ひいては秩父蒸溜所の原酒に他にない個性を与えていく。 その設計意図は、秩父蒸溜所のウイスキーを飲む限り、成功しているものと思われます。 ビールや日本酒と同じく、醸す(かもす)という行程です。 しかしウイスキーは醸造酒ではなく蒸留酒。 ウイスキーや焼酎といった蒸留酒は、醸したお酒を、更に蒸留して成分を精選しなくてはなりません。 モルトウイスキーの場合、ポットスチルと呼ばれる蒸留器がこの工程を担います。 秩父蒸溜所のポットスチルは2基。 いずれも銅製で、左側が初溜釜(ウォッシュスチル)、右側が再溜釜(スピリッツスチル)です。 二度の蒸留を経て、度数7度の発酵麦汁(ウォート)を度数72度のウイスキー原酒(ニューメイク/ニューポット)へと精留するのです。 蒸溜釜はポピュラーな蒸気炊き(スチーム加熱)タイプ。 中に設置されたコイル状のパイプに蒸気を通し、発酵麦汁を加熱します。 加熱された発酵麦汁は気化し、比重が軽くなるため、釜の上へと登っていきます。 それを写真中央の円柱、復水器(コンデンサー)に通すことで急速冷却。 気体を液体に戻し、蒸溜完了という流れです。 一回の蒸溜では熟成に適した度数に至らないため、初留と再留の二回の蒸留を行うのが通常となっています。 蒸溜釜の直火炊きは手間がかかり過ぎ、ニッカの余市蒸溜所(石炭直火炊き)やサントリー山崎蒸溜所の一部など、 世界でも数えるほどの蒸留所が採用するのみですが、炊き方(加熱方法)以外にも大きく原酒の個性を変化させる要素が一つ。 それは釜の形状です。 蒸留釜の形や大きさは、蒸溜そのもののスピードや還流を大きく左右しますが、秩父蒸溜所のポットスチルは比較的すっきりとした形をしています。 いわゆる「ストレートヘッド型」です。 一般にシンプルな(蒸留された気体が滞留しづらい)形状の蒸留釜では、多くの成分が同時に揮発するため、重く厚みのある原酒がつくられ、 一方で複雑な(蒸留された気体が滞留する)形状の蒸溜釜では、重い成分が沈み込むため、軽やかで華やいだ原酒がつくられます。 サントリーの山崎蒸溜所には「バルジ型」というネックにふくらみをもたせた形状の蒸留釜があり、 同じく同社の白州蒸溜所には「ランタン型」という二重のピークをもった形状の蒸留釜があります。 それぞれの蒸溜所はこの釜の形状でもって、それぞれ異なる個性を有するお酒を産出していますが、 秩父蒸溜所のそれは「初留ストレートヘッド×再留ストレートヘッド」という、考えられる限り最もシンプルな組み合わせです。 しかも、そのサイズは小さく2000L級。非常に原材料の個性が出やすい布陣と言えます。 なぜこのような配置なのかお尋ねすると、「重く、芳醇な味わいの原酒を生み出すため」とのこと。 秩父蒸溜所産のウイスキーを評して「トーンがある」だとか「複雑でヘヴィ」という言葉を見かけることがありますが、そういった個性を言い表したものと言えそうです。 確かに、多くのジャパニーズウイスキーの中でも、秩父のものは熟成年数が若くても濃厚な味わいが特徴的です。 再溜された液体は、ここで人の官能による審査を受け、ヘッド・ハート・テールの三段階に仕切られます。 いわゆるウイスキーとして世にでるのはハート(日本酒で言うところの中汲み)の部分のみであり、ヘッド(荒走り)とテール(責め)の部分は貯留されて、再度初溜へと回されます。 鼻でノージングをしてみると、ヘッドは攻撃的かつ刺激的、ハートは厚みのあるたおやかさ、テールはこんがらがった感じと、明確な違いがあります。 一つの原酒でもこれだけの違いが有るとは驚きです。 これを即時のテイスティングで切り分け「ハート」の部分だけを取り出すミドルカット技術。 タイミング良く酒質を判別するその技術は、まさに職人技と申せましょう。 吉川さん曰く、「発酵で香りのもとをつくり、蒸留で香りを引き出す」。 ポテンシャルを引き出された原酒は、熟成に適した度数(秩父蒸溜所では63.9度)へと加水調整され貯蔵庫で熟成に入ります。 見学ツアーもこれを追って、第一貯蔵庫へ。 出口を振り向くと脱ぎ散らされていたはずの靴が綺麗に整えられており、高級旅館ばりの目配りに感心いたしました。 なお度数調整の加水タンク(緑色のもの)は日本酒蔵から譲り受けたもので昭和40年製、 蒸留釜がステンレスではなく銅製であるのは、発酵で生じた硫化物を吸収するためとのことでした。 現在稼働している貯蔵庫は第五貯蔵庫まであり、合計6000樽が貯蔵されています。 うち10%が自社産の樽。樽材としては北海道産(主として旭川)や東北産のミズナラが多いとのことでした。 秩父にもミズナラは生えているはずですが、なぜ北国のものかお尋ねすると主に調達コストの問題とのこと。 秩父ではミズナラは人里離れた標高1000m以上にしか生えませんが、寒冷地では人里近い低地でも生えるため、入手がし易いという利点があるそうです。 とはいえ秩父産には関心をもっており、調査を進められているとのことでした。 卵型が特徴的なタンクは、フランス・タランソー(Transaud)社のもので、その独特の形状により自然な対流が促される逸品。 WWR(ワインウッドリザーブ)の熟成に当てられています。容量は約3,000L。 長い円柱状のタンクは、同じくタランソー社製で容量約1万L。 ワールドブレンドを謳う定番商品・ホワイトラベルの熟成に当てられています。 またMWR(ミズナラウッドリザーブ)の熟成タンクは製造棟内にありました。 イチローズモルトの前身「東亜酒造羽生蒸溜所」とのヴァッテッドモルト・DD(ダブル・ディスティラリーズ)の専用タンクは見かけず。 こちらのみ後熟を前提としない商品ですので、そもそも専用のタンクは無いのかも知れません。 少なくとも製品パッケージは準備されており、品薄ながらも生産はしっかりと継続されている様です。 こちらはミズナラの新樽。 貯蔵方法は、地面にレールを敷き樽を重ねるタンネージ式を採用。 地面が露出しているため、天然の湿度調整が期待できるとのことでした。 樽だけでなくレールも自家製であり、倉庫の隅に材料が置かれていました。 通常の1/4から1/3ほどの容量で、その分、空気と触れる面積が大きいため力強い熟成が見込まれます。 他にも羽生蒸溜所の樽や川崎蒸溜所の樽は、数は少なくなったものの健在とのこと。 秩父の環境における自然揮発分、いわゆる天使の分け前(エンジェルズ・シェア)は年3%ほど。 スコットランド(2%)よりは多く、しかし南国(例えば台湾のカバランなら6~7%、インドでは10%)などに比べれば少ない塩梅です。 一定の早期熟成が見込まれる一方で、長期熟成も可能な「早いが早すぎない」立地環境というのも土地選定の条件だったという事でした。 帰りのバスが出るまでの15分程、屋外に設置された会場での賑やかな試飲タイムとなりました。 ちなみに社員の方に伺うと、奥のシャッターの建物はフロアモルティング(手作業での麦芽発芽工程)を行う建物だそうです。 2018年初頭現在、ベンチャーウイスキーの社員数は14名。これにパッケージング・梱包担当のパートさん8名を含め総勢22名のスタッフとなります。 途中から代表の肥土伊知郎(あくと いちろう)社長も加わり、華やかな酒席となりました。 試飲のラインナップは、 定番商品の全ラインナップ(リーフシリーズ三種(DD・MWR・WWR)とホワイトラベル)、 限定商品のイチローズ・モルト オン・ザ・ウェイ 2015(Ichiro's Malt On The Way 2015 10,700本限定生産)、 そしてニューポット2種、ミネラルウォーター(秩父源流水)を含めた8種でした。 全て手酌で飲み放題です。 ニューポットの一つは「Non Peated Maris Otter」度数63.5度。 Maris Otter(マリス・オッター)とは二条大麦の品種名。 英国生まれの高級品種であり、最高級のエールモルトとして知られています。 生産性は低いのですが、その品質の高さは折り紙付きで、世界中のクラフトブルワリーが競って求める品種です。 ニューポットながら瓶詰め後1年置かれており、酒精感は比較的やわらか。 口にふくむと品種由来のものか、ジューシーな香味が際立ち、非常に厚みがあります。
by katukiemusubu
| 2018-02-20 01:00
| 登山・トレッキング・温泉
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