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天気の子 「世界の形」の変化を考える。(考察・レビュー)

「あの夏の日、あの空の上で私たちは、世界の形を決定的に変えてしまったんだ」とはヒロイン・陽菜の台詞。
ではどれくらい「世界の形」が変わったのか、それを検証する記事です。

※ネタバレにご注意ください。




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映画「天気の子」のラストでは、他人のために犠牲となることをやめ、自分のために願うことを決めた「後の世界」が描かれました。

橋桁まで水没したレインボーブリッジ。
東半分を失い、五反田駅⇔巣鴨駅の間のC字型になった山手線。
旧山手線には水上バスが走り、東部に残った高地を結んでいます。

ディザスター映画すら彷彿とさせる衝撃的な光景。

「雨はそれから三年間止むことなく、今も降り続けている」(小説版 p.269)。
その結果「東京都の面積の1/3が、今では水の下」に沈んだのです(小説版 p.277)。

地理的にどれ程の「世界の形」が変わってしまったのか。
浸水シミュレーションサイト Flood Maps(※)を用いて、その浸水域を検討してみましょう。
(※英国のAlex Tingle氏が公開している浸水シミュレーター。NASAの標高データセットとグーグルマップが組み合わされており、浸水域のシミュレートができる。)

ヒントとなるのは山手線の形です。
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劇中では巣鴨〜五反田間が、浸水を免れたとされています。
上図の赤線の部分です。

巣鴨駅のホームの標高は25.4m。
被災後の山手線はそこを北端として、路線で最も標高の高い駅である新宿駅(36.9m)を通り、南端の五反田駅へと繋がっています。

五反田駅については事情があり(後述)、その残存は微妙ですが、少なくとも巣鴨〜新宿・代々木間は無事。
このことから浸水域が巣鴨駅を水没させる程では無かったということが分かります。
これを言い換えれば、浸水の上限が巣鴨駅の標高(25.4m)であるということ。
すなわち浸水域は小数点以下を四捨五入して「+25m」以下であることが分かります。

こうして上限が分かりました。
では、東京はどれくらい水没したのか、
その下限を探るべく、もう少し絞り込んでまいりましょう。

この点、南端となる五反田駅を調べてみるとその標高は3.4mでした。
すこし高めの場所にプラットホームがある東急池上線でも8.1mです。
JR山手線の五反田駅の残存を前提とすると、下限の浸水域は「+3m」くらいとも思われます。

しかし、浸水域を「+3m」としてしまうと映画の描写と矛盾してしまうのです。

ここで言う「映画の描写」とは、映画の終盤、田端駅で帆高と陽菜が再会するシーンです。
旧山手線の水上バスを降りた帆高は、田端駅の南口改札を出て「例の坂道(不動坂)」で陽菜とめぐりあいます。
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この坂道です。

それが無事であった一方で、映画では山手線のホーム(標高7.3m)はもちろんのこと、田端駅北口(同10.1m)も海に還っていました。
少なくとも北口が沈む程度、すなわち「+10m」は沈んでいなくてはならないのです。

すると浸水の下限は「+3m」ではなく「+10m」。これを下限とした浸水域が見込まれます。

以上のことから、浸水域の範囲は「+10m」〜「+25m」であることが導かれました。
実際の浸水域はこの範囲のどこかにあります。

では、実際の浸水域は何mなのか、その深さを探るべく、再度映画の描写を思い出してみましょう。
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映画の終盤に登場する田端駅南口を見てみると水上バス用の桟橋が設けられ、若干の改装がなされています。
もしかすると浸水対策の嵩上げがなされているかも知れず、現在と同じ14.7mの位置には存在しないかも知れません。

ただし、仮に田端駅南口が浸水対策で嵩上げされていたとしても「例の坂」が健在です。
すると、その浸水域は坂道の所在する標高帯、すなわち14.7m〜23.1mに収まることが分かります。
つまり「+10m〜25m」の15mの範囲は、「+15m〜23m」の8mの範囲にまで絞り込むことが出来ます。

そして、映画のラスト。
陽菜と帆高が声を掛け合う坂道の大半は水没前の状態で残っていました。
坂道の残存に鑑みると、具体的な浸水域は想定範囲の中でも下限に近いところであると言えそうです。

結論として、「天気の子」の豪雨災害による浸水域は「+15m」内外であると思われます。

それでは、その浸水域はいかほどのものか。どのように東京の、世界の形を変えてしまったのか。

Flood Mapは5m刻みではないため、これに近い「+20m」でシミュレートしてみると下図の様になります。
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ビンゴです。
田端駅を境界として、ちょうど劇中の描写を思わせる海が出現しました。

陽菜の家がある田端高台(画面中央の島状の高地)は武蔵野台地の突端部。
先っぽとはいえ台地の上ですから標高があり、海抜23m〜26mほどの高さです。
下町(東部低地)が水没した結果、田端高台は新・東京湾へ突き出した岬の様な形になっておりました。

現実の写真を見ていただくと、その岬ぶりが想像いただけるものと思います。
(赤丸は陽菜の家の比定地です)
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なお五反田駅については標高が低すぎるため、現在の駅そのものは沈むと思われます。
しかし、そのすぐ北側に目黒駅へと繋がる高台(これまた武蔵野台地の突端部)があるため、そちらに移設されたものと考えられましょう。
実際、映画で帆高が須賀に会った後、水上バスへ乗り込むのは五反田駅とされておりますが、その「五反田駅」は2019年現在の我々が知る五反田駅ではありませんでした。

たしかに変わった「世界の形」。
この言葉は多義的で複数の意味を含みますが、文字通りに読んでも、たしかに物理的に形が変わっているのです。

では範囲を広げて、変わってしまった「世界の形」を見てみましょう。
東京23区の様子はこんな具合に変化しました。
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南を見てみると大田区は完全に水没し、世田谷区の等々力渓谷沿いに水が入り込んだ結果、37平方キロに及ぶ「狛江湾」が形成されています。
まさに「ハケ」の形が見て取れます。

隅田川以東の5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)と荒川区、これに大田区を合わせた計7区は大部分が水没。
千代田区や中央区、台東区や港区に品川区、北区や板橋区の7区もかなりの面積が水に侵されています。

愛宕山や芝丸山古墳、状況によっては待乳山も。
海にはかつての海食と河川侵食に耐えてきた地形が姿を現し、東京湾は多島海に変貌するものと思われます。

区の過半が無事であるのは、文京区、豊島区、新宿区、渋谷区、目黒区、世田谷区、杉並区、中野区、練馬区の9区。
まさしく武蔵野台地にあたる部分です。
これらは舌状に東京湾(江戸湾)へと台地を伸ばし、舌状台地と呼称される様相を明らかにしています。

15m規模の浸水の結果、海岸線は縄文時代レベルにまで後退してしまいました。
地理的には1万年規模の巻き戻し、あるいは早送り。
まさしく「世界の形」は決定的に変わってしまったのです。

ただし「天気の子」で生じた現象は(地球温暖化その他による)全地球的な海面上昇ではなく、長々期間に渡る局所的降雨でありました。
この点には注意が必要です。

天水が降ってくるという性質上、おそらく渋谷のスクランブル交差点に代表される谷地形は水の中でしょうし、埋立地にある人工的な高台(例えば築山)も危ういことでしょう。
一概に「+15m」が沈むという訳ではなく、地形的・地質的な要因に左右されるのです。

他方で、局所的な現象であるということにも注意が必要です。
縄文海進ほどには水は入り込まず、栃木県佐野市にまで海岸線が達する様な「奥東京湾」は形成されていないものと思われます。
現に劇中では、荒川ー利根川ラインで大堤防を築いているという描写がありました(帆高が立花さん宅を訪れるシーン。小説版ではp.277とp.283)。

予想される関東平野の状況(想定浸水域)を図示すると、こんな感じです。
現役の大堤防が存在する荒川の常磐線以南、利根川では牛久沼以東が水に洗われるのではないかと思われます。
おおむね赤線のラインです。
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劇中の描写を見る限り、今回の水没は下流域(関東南部)における降雨の頻発による「河川氾濫(洪水)」と「低地における排水能力のパンク」によって引き起こされました。
小説版でも「溢れ出た荒川と利根川」と「広大な東部低地は、降り止まない雨に排水機能が間に合わず・・・沈んでいった」と描写されています(いずれもp.277)。

「二年以上をかけてゆっくりと海へ沈んでいった」という言及があることからも、急速な海面上昇があった訳ではなく、降雨による浸水の恒常化と地盤沈下が原因であることが分かります。
すると武蔵野台地と下総台地のライン、下総台地と常陸台地(常総台地)のラインで堰き止めることは可能に思われます。
そのため浸水は北関東には至らず、南関東にとどまるものと推定いたしました。

国府台を始めとする千葉県の地形が姿を現し、茨城県では筑波台地や稲敷台地が存在感を増す。香取内海の復活。
洪積層と沖積層のせめぎあい。中沢新一「アースダイバー」の世界が現出しています。

・・・それにしても田沼意次もビックリの利根川ー東京湾水系の接続ぶりです。
たしかに「世界の形」は変わりました。


【関連記事へのリンク】
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【余話:「世界の形」とその後の世界】

映画館で印象的だったのは、新海誠監督が「世界の形」の変化を描いただけでは終わらせなかった、ということでした。
映画のラストでは水上バスや新たな都市インフラなど、そこで営まれる生活が丁寧に描かれています。
仮に「世界の形」の変容が"悲劇"だったとしても、しかし日常は続くのです。

たしかに世界は変わる。
しかし人々はその新しい世界に適合することが出来るし、環境に応じた交通やインフラを整備し、社会生活を営むことが出来る。
そこには、お花見を楽しみにする人もいれば、ランチ先を物色する人もいる。

帆高の逡巡の影で描写された、続いていく日常のシーン。
水をもってしても覆いきれない地続きの生活が描かれており、人間の適応力の強靭さやたくましさが表現された素晴らしいシーンと思われました。

時として世界は劇的に変わる。
もしかしたら世界は狂っているかもしれない。
でも「僕たちは、大丈夫だ」と肯定し、進んでゆく物語。

強烈なまでの人間賛歌。
それが映画「天気の子」でありました。

by katukiemusubu | 2019-08-05 13:48 | ブックレビュー・映画評 | Comments(0)
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